つぶやき2018年

8月13日11時7分
電話とかの受付で話し方の綺麗な人いるけど、機械音声技術が発達し、AIという概念が普及したことから、綺麗な声が機械的な声に聞こえて、冷たく思えてしまう。あの話し方ができるようになるまで結構練習が必要だと思うけど、なんか皮肉な感じがするよね。

 

8月10日22時22分
ゲームはやっといたほうがいいよ~

 

8月6日10時32分
甲子園がなぜこれほどまで人気なのかを考えると、どうもYouTuberの人気と対応するような気がする。つまり、距離感の問題。テレビがあっち側からこっち側になっているんだと思う。だからプロというあっちの世界よりも、高校生というこっち側のほうがいいんじゃないかな?まあ、別にそれはいいとして、暑い。とにかく暑い。熱中症には気を付けてください。

 

7月24日19時36分
京都暑すぎる、本当に暑い。

 

7月23日13時18分
市場はくだらないものであふれている。生産者の責任は重い。しかし、くだらないものを求めたのは誰だ。人はパンのみにて生きるにあらずとは言うが、パンがなければ生きることはできない。生産者は絶えず葛藤する。

 

7月23日8時47分
非社会人は、田舎の人間が税金を使っているのを見て「社会の無駄だ」と言う一方、節税するといったことを平気でする。非社会人は都会的価値観を有する人に多い傾向がある。おそらく、非社会人の考える「社会」は「日本」なのだろう。その構成員は想像上のものでしかなく、社会とかかわっているという実感がなかなか得られない。彼らにはパトリがないのだ。自分を位置づけることができず、自分という存在の不確かさに悩まざるを得ない。

 

7月23日8時28分
社会人とは社会に属している人のことをいう。社会は虚構だ。社会人になる唯一の方法は社会を信頼(信仰)することである。社会人は社会のために何ができるかを考え自発的に働く。また、困ったことがあれば、社会に頼ることができる。非社会人は社会から排除されることを恐れるために働く。嫌われると思ってしまうために、社会を頼ることができない。非社会人は社会に対しギブアンドテイクの態度を取る。だから、何かから追われているかのような感覚が生まれる。

 

7月22日22時43分
本来、現実と虚構は区別することができない。虚構は現実に包括されるのであり、その境界線は極めて曖昧だ。例えば、地球上に国境はない。しかし私たちは、国はあるという前提のもと、さまざまな仕組みを構築し、その中で生活をしている。国は虚構だが確実に現実に影響を与えているのだ。しかし、現実と虚構は区別できると考える人が少なくない。彼らは本当の意味で現実を見ることができない。ゆえに現実に自己を位置づけることができず、客観と主観の境界が曖昧になってしまう。

 

7月22日13時21分
今日の空は気持ち悪い。雲が1つもなく、まるで絵具で塗りつぶしたみたい。とにかくこの暑さはなんとかしてほしいな。