人生はしょせん運に過ぎないのか


「人生はしょせん運に過ぎない」「運で決まるのだから努力など無駄」といったことはよく言われます。実際、そうなのでしょうか?

運と努力

結論から言うと、どちらも大事です。

「人生は運ゲー」ともよく言われるので、ここではゲームで考えてみましょう。マリオカートがすごくいい例です。マリオカートは任天堂のレースゲームで、その名の通り、マリオに関連するキャラクターが車に乗ってレースをするというもの。他の一般的なレースゲームとは違って、アイテムが存在しており、ここに運要素が強く、1位だったのにいきなり最下位になってしまったり、逆に最下位だったのにいきなり1位になったりします。

マリオカートは、アイテムだけで順位が決まってしまうようなところがあるので、しょせん運ゲーであり、練習など意味がないと思われることもあるようです。しかし、たしかに運要素は強いものの、やはり勝率の高い人はいます。勝率に差があるのであれば、運以外の要素があると考えなければなりません。

マリオカートで言えば、ショートカット、ドリフトなどのテクニック、相手からの攻撃アイテムの防御などがあります。これらを駆使していれば、敵との距離を大きくすることができるため、仮に強烈な攻撃(トゲゾーやサンダーなど)を食らってしまったとしても、挽回しやすいです。

たしかに、「こんなのどうしようもないだろ」と思ってしまうほど不条理な展開に陥ることもあります。絶対に勝てるというわけではありません。しかし、全体としてみれば、努力、練習をしない人よりも勝率は高くなるのです。

人生も同じように(まあ、同じとは言えないかもしれませんが)、努力をする人としない人では、絶対とは言えないにしても、努力をする人の方が「成功」(もちろん定義は人によって異なります)する確率は高いでしょう。試験だと、勉強した人としなかった人では、勉強した人の方が解ける問題は、傾向として、多いはずです。

「人生は運ゲー」の問題点

いろいろ書きましたが、「人生は運ゲー」という認識は決して間違っていません。何も努力していないにもかかわらず、運だけで成功した人というのはたしかに存在します。テレビやネットを見れば、すぐにそういう人を見つけることができるでしょう。多くの人は「そんなうまい話はない」と言いますが、うまい話は意外とそこらへんに転がっているのです。現実は複雑なのです。そして、この現実が持つ複雑性の認識こそが重要です。

「人生は運ゲー」という認識は、現実が持つ複雑性を無視し、単純化してしまいます。逆に言えば、人生は運で決まるのだということにしておけば、現実から目を背けることができます。しかし、現実というのは、受け入れる受け入れないに関係なく、ただそこにあるものです。自分の好きなものに没頭すれば現実を見なくていいかもしれません。ですが、好きなことに没頭している間にも現実は展開されているのであり、ただ現実を認識しなくなったに過ぎません。現実を避けることはできないのです。

では、現実は恐ろしいものなのかというと、そうでもありません。家族に罵倒されながらもニートで生活できる程度には現実は安定しています。現実はそんなにもろいものではありません。コロコロと変わっていくものではありません。

現実では積み重ねをすることができます。積み重ねてきたものはそう簡単には変わりません。だからこそ安心して努力することができます。努力をしていく過程で、運だけで自分を超えてしまう存在を目にすることもあるでしょう。でも、日々の積み重ねこそが一番の近道なのです。

まとめ

努力をすれば成功するわけではありませんが、努力をしたほうが成功する確率は高くなります。逆に言えば、努力をしても失敗する可能性は常にあるわけですが、この状況の中で努力をしていくためには、確固たる現実感が欠かせません。現実は複雑であると同時に変わることがないことを認識することが重要です。