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寺や神社での写真撮影について思うこと



写真撮影

昨日、東本願寺伏見稲荷大社に行ってきたんですが、そこで写真撮影について思うところがあったので、書いておきたいと思います。

たまたまだったのか、いつものことなのか知りませんけども、どちらでも写真撮影で注意を受けている人を見ました。お寺とか神社では、撮影をしてはいけないところというのがあります。でも、そういったところはたいてい綺麗で厳かで興味深いものなので、撮影したくなる気持ちもよくわかります。学者ですら「教育に使いたいので撮影させてください」みたいなお願いをひたすらしているくらいです。私も撮影できるならしたいですね。

でも、撮影される方としては、やっぱりイヤでしょう。撮影する方としては「面白そう」って感じですが、撮影される側としては神聖なものでしょうし、極めて真剣であるはずです。

例えば、お葬式をして悲しんでいるときに、いきなり部外者がやってきて「なんか変な儀式やってる、面白そう!」とか言って撮影し出したら誰でもキレると思います。あるいは、お墓参りに行ってお辞儀をしていたら「あの人、石にお辞儀してる、なんかすげぇ!」とか言って写真を撮っていたら、うん…。

同じようなもので、お寺や神社にもそれぞれの文化とか儀式とかあって、それを真剣にやっているはずです。そして、撮影したいと思う方は、その文化や儀式を知らないわけです。知らないから興味深いと思うわけです。お寺だったらまだ日本でもなじみがあるかもしれませんが、神社の巫女さんの舞とかになると、日本人でも見慣れていない人は多いでしょうし、撮影したくなる人もいると思うんですよね。日本人ですらそうなのだから、日本の文化を知らない海外の人は言うまでもないことで、写真撮影を注意していた警備員さんの中には「ノーピクチャー」と英語で言っている人もいました(国に関係なく英語を使うのは失礼な気もするけど、仕方がないか)から、やっぱり多いのでしょう。

一概には言えないでしょうけども、宗教として見られていないのかもしれません。やっぱりこういうところは観光地として紹介されます。そのガイドも、宗教的というよりも歴史的な視点から説明をされることが多いです。であるならば、ここに意識の差が生まれるのは当然のことで、お寺や神社の関係者は宗教として真剣に行事をこなしていても、そこに行く方はただの観光に過ぎないわけですから、写真撮影のようなことが起きるのも仕方がないです。写真撮影はわかりやすいものですが、たぶん気付いていないだけで、知らない間にお寺や神社に迷惑をかけていることは多いのでしょうね。他にも問題はあるだろうと想像します。

お寺や神社に行く方は、観光であるかもしれないけども、お客様として行くのではなく、神聖な場に入らせてもらっているという、ちょっとした配慮というか、意識というか、そういうのがあってもいいのかもしれません。でも、信仰していない人にとってはなかなか難しいですよね。ちょっとくらい相手の立場になって考える、ということはあってもいいとは思うんですけども、難しいところです。

ここ最近、お寺の人が、若い人が全然興味を持ってくれず、このままで大規模な観光として機能しているお寺にしか人が集まらないから何とかしないといけない、ということで、異なる宗派の僧侶が集まって活動していることがあるんですけども、宗教として考えるばらば、人が来ない方がやりやすいかもしれませんね。