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スポーツを楽しめない



今オリンピックが良い感じに盛り上がっていますけども、どうも私はスポーツを楽しむことができないようです。たぶんですけども、中学のときの部活が関係しているような気がします。

中学のときは卓球部だったんですよ。入部した理由は「卓球って楽そう」という、まあよくあるやつです。しかし入ってみると、めちゃくちゃ厳しいところで、そんな厳しいとは思わなかったわけです。放課後は時間ギリギリまでやるのは当然として、土日祝も休みなしです。しかも朝がめちゃくちゃ早くて、なんでこんな早い時間に卓球しなければならないんだ、とか思いながら、遅くまで練習するんですね。顧問もめっちゃ怒ってくるし、そんなに怒鳴らなくてもいいじゃん、とか思ったり。そして週1くらいで練習試合が入るんですが、試合中も滅茶苦茶に怒られて、泣きながら試合してましたね。相手から同情されてましたもん。

今思えば、かなり熱心に取り組んでくれるいい先生だったと思います。先生の家が学校から割と離れてたみたいですし、あと練習試合も毎回先生の車で移動してましたから、ガソリン代がすごかっただろうな~とか今更のんきに考えています。指導も、怒りながらだったので何を言っているのか分からなかったんですが、それだけ真剣にやってくれていたのだろうし、何だかんだで強くはなりました。

しかしねぇ、あれを経験した後は、もう、もういいや…ってなっちゃったんでしょうね、まったくスポーツに興味がありません。卓球が嫌になった、とかだったらまだアレですが、スポーツそのものに面白さが見いだせないんですね。スポ―ツの試合って一瞬でしょう、まあ種目によっても変わるでしょうけども、数分で終わるものもあるじゃないですか。そのために、裏でエグイ練習をしているわけですよ。そしたら、試合を見ていると、試合の内容よりも、ここまで来るのにどれだけの練習をしたんだろうか、どえらい苦労をしてるんじゃないか、大変だなぁ、みたいになって試合に集中できない、試合どころじゃないんです。

まあ、そんなことを言えば、それはスポーツに限ったことではなく、一般的な仕事もそうでしょう。ライターとかでも、相場では400文字で5000円くらいになりますが(今はもっと安いかな)、これは文字そのものへのお金ではなくて、今までライターが獲得してきた知識に対してのお金ですから、そういう意味では膨大な積み重ねがあってのことです。大学の先生とかもそうでしょう。

やっぱり、結果だけを見るのではなく、もちろん結果も重要なことではあるのですが、結果も含めて過程を考えることが大切なのかもしれません。過程が生き方というかな、ちょっと変な表現ですけど。

そうそう、また話が飛びますが、スポーツ選手が何か事件を起こしてしまうことでたびたびニュースになることがあり、またそれに対して「応援してたのに」みたいなコメントがちょこちょこ出てきます。こんなこと言ったら失礼かもしれませんが、本当に応援してんのかなって思うんですよね。よく地元の小さなお店が閉店になったとき「あの店潰れるんだ、ちょっとショック」みたいなことを言う人いるじゃないですか、行ったこともないのに。そういう態度に近いものがあるように思うんですね。どうせオリンピックみたいなデカい大会のときだけワ―とか言って注目して、終わったらワー言って去っていくのでしょう。それって別に応援でもなんでもないですよ。

事件を起こしたことはもちろんダメなことですが、事件が起きる背景に何かあるように感じます。これも失礼なことかもしれませんが、スポーツってそんなにお金にならないと思うんですよ。稼いでいる人って広告費が大部分じゃないですか?そうでもない?ずーっとスポーツだけやってきて、辞めてもまだ20代後半とかでしょう。そこから教室を開くにしても、教えるだけじゃなくて経営もある程度知っていないといけないだろうし。日本は体育会系が好きだから、サラリーマンになるっていうのアリかもしれないけど、ずーっとスポーツやってきて、いきなり全く違う仕事をするというのも大変だろうと思います。応援とか言うならばそういうところもなんかあってもいいように思います。