据え置きゲーム機が遊ばれなくなった理由とは?


ゲーム機は据え置きゲーム機よりも携帯ゲーム機の方がよく売れると言われています。最近では携帯ゲーム機ですらなくて、スマホで遊ぶ人が多くなっており、ゲーム機そのものが売れなくなっているほどです。据え置きゲーム機が遊ばれなくなっているのはなぜなのでしょうか?その理由について考えてみました。

テレビの前に行くのが面倒

「ゲームしたいなぁ」と思ってからワンクッションが生まれます。携帯ゲーム機やスマホであればすぐに取り出せるのですが、据え置きゲーム機の場合、まずテレビの前に移動しなければなりません。ただテレビの前に行くだけなのですが、これは案外大きな障壁になっているように思われます。また、テレビの前に移動できるにしても、他の家族がテレビを見ていてゲームできないという場合も少なくないはずです。「ゲームしたいけど動くの面倒くせぇ、テレビの奪い合いも面倒くせぇ」といったことが続いてしまうと、「ゲームしたいけど、まあいいや」となってしまいます。遊びたいときに遊べないのはつらいですね。

起動が面倒

据え置きゲーム機で遊ぶためには準備をしなければなりません。テレビの電源をつける、ゲーム機をテレビにつなげっぱなしにしていない場合は(家族に邪魔とか言われるとこうなってしまいますよね)コードの接続をする、ゲーム機の電源を入れる、メニュー画面を操作してソフトを起動する、ロードを待つ、画面にソフトの注意書きが表示される、こういったことを通してやっと遊ぶことができるようになります。遊ぶまでが長い、面倒くさい、そう感じてもおかしくはないでしょう。

ゲーム会社も、テレビへの移動と起動の長さに関してはかなり気をつかっているようで、実際にさまざまな試みがなされています。携帯ゲーム機で遊ぶ場所を調べてみると、外で遊ぶのではなく、室内のさまざまな場所(自分の部屋やリビング、友達の家など)で遊んでいるのが大半で、要は移動できることが重要であることがわかりました。それに伴い、任天堂が典型的なのですが、1か所で遊ぶことを前提とした64の失敗も踏まえ、ゲームキューブでは取っ手が付けられ、さらにwiiUではコントローラーに画面を付けることでテレビを占領しない形がとられました。最新のswitchでは、携帯ゲーム機と据え置きゲーム機の両方を兼ねた形になっています。

また、移動とは逆行する形で、1か所に定めながらも快適さを追求したのがソニーのプレイステーションです。初代は移動させることを前提に小型に設計していたのですが、PS2以降はどんどん大型化していきました。この目的としては、いろいろな考え方があるのですが、ゲーム機としての認識ではなくホームサーバーとして認識しているのではないかと言われています。まあ、それはともかく、PS4は電源を入れっぱなしにしておくことが想定されており、即座にゲームを楽しむことができるようになっています。さらにリモートコントロールもできるようになり、快適さをかなり意識しています。携帯ゲーム機にはない本格的なゲームを、快適に楽しめるように設計されているようです。

以上のようにゲーム会社も努力していますが、成功しているのかどうかはよくわかりません。

ゲーム内容や操作が複雑

据え置きゲーム機では携帯ゲーム機よりも表現できる幅が広いため、ゲーム内容や操作が複雑になる傾向があります。この複雑性はゲームをより奥深いものにすることができるので、それなりにゲームが好きな人にとっては楽しめる要素となるのですが、一方で、「なんとなくちょっとゲームしたいなぁ」くらいの人からすれば、複雑性は面倒なものに感じられます。世の中の流れとしては、スマホゲームに見られるように、単純でパパっと遊べるものが人気です。

ゲーム性が薄い

繰り返しになりますが、据え置きゲーム機は幅広い表現ができ、豊かな複雑性を生み出すことができます。この複雑性というのは厄介なもので、ゲーム性を薄めてしまうこともあるのです。

ここで問題になるのはゲームとは何かということです。一般的には、ゲーム機で遊ぶもの程度の認識ですが、実際には、ゲームは試合にかなり近い概念です。サッカーや野球が終わる時に「ゲームセット」と言いますが、サッカーや野球もゲームなのです。さらに、将棋やチェスもボードゲームの一種であり、ゲームになります。このような本来的な意味でのゲームを考えるならば、映像や音楽といったものはゲーム性とほとんど関係がありません。将棋の駒や盤を派手にする必要はあるでしょうか?将棋をするときに壮大な音楽をかける必要があるでしょうか?

据え置きゲーム機では素晴らしい映像や音楽を表現できるわけですけども、ゲーム性とは関係がないために、複雑性を表現すればするほど相対的にゲーム性が薄まるのです(もちろんゲーム性における複雑性はあるほうがいい)。よくネットで「昔のゲームのほうが面白かった」と言われますが、これはある意味で正しいと言えるでしょう。皮肉なことに、本来的なゲームが好きな人にとって、据え置きゲーム機の技術向上は邪魔なものでしかないのです。

例外的にFPSとTPSは据え置きゲーム機に適しているかもしれません。というのは、戦場を正確に表現するには、高度な映像と音声が必要になるからです。しかし、それでも現在のゲーム機で十分表現できているように思われます。

忙しい

単純に、学業や部活、仕事や家事といったもので忙しく、まとまった時間がないためにゲームをしている場合ではない、ということが考えられます。スマホや携帯ゲーム機であれば隙間時間にでも遊べますが、ここまで書いてきたように据え置きゲーム機は準備が面倒で、内容が複雑であるので、まとまった時間がないと遊べないのです。

まとめ

大雑把にまとめると、起動するまでが面倒だしゲームも複雑でよくわからないし、時間もないからゲームやってる場合じゃない、といったところだと思われます。

さいごに

私もPS4を持っているのですが、ほとんど遊んでいません。最近はほとんど3DSのスマブラばかりやっています。遊ばないともったいないな、作ってくれた人に申し訳ないな、と思うのですが、なかなか起動しようという気が起きてきません。このPS4は私が買ったわけではなく、いただいたものなので、余計に申し訳ない気持ちがしてきます。でも、義務感でゲームをするのもイヤですし、やはりゲームは遊びですから(これは真剣でないことを意味するのではありません)、遊びたいときに遊ぼうと思います。

ここ最近、ホイジンガの『ホモ・ルーデンス』の観点から、ゲーム研究が割と熱心になされています。細かいことは書きませんが、ゲームはもっと評価されてもいいでしょう。素晴らしい文化です。ゲームが廃れていくというのは本当に悲しいもので、なんとかしなければなりません。ゲーム研究では立命館が先端を走っていて、ゲームの保存もやっているようですが、陰ながら応援しています。