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「趣味」ってなんだろう?


「趣味」ってなんだろうなぁって話です。特に何かを主張したいとかそういうのではありません。

趣味は固定的なもの?

初対面の人とかと会話をしていると「趣味はなんですか?」みたいな話になることが珍しくありません。そのときに私はいつも困ってしまいます。なんとなく、「私の趣味は〇〇です」と断定してしまうと、なんかそれって違うよなぁってなってしまうからです。

たとえば、私はよくお寺や神社、それから美術館とか博物館とかに行きます。それなりに楽しんでいます。しかし、毎回楽しいかと言われればやはり違うでしょう。お寺に行ってみても、自分の好みに合わず、「なんか疲れるなぁ」と感じることがあります。同じお寺に行っても、気分によって「この寺はやっぱりいいなぁ」と感じることもあれば「この寺はなんかつまらないなぁ」と感じることもあるのです。

つまり、楽しいときもあればそうでないときもあるのであって、にもかかわらず「趣味は〇〇です」と断定してしまうと、楽しいときだけを切り取ってしまっているように感じられるのです。これってやっぱり違うんじゃないのかなぁと思ってしまいます。

時間の長さが趣味?

楽しい楽しくないに関係なく、比較的長い時間を費やしているものを趣味と言えるかもしれません。しかし、これもなんか違うように思えてくるのです。

たとえば、ちょっと変わっているとは思うのですが、大学で宗教を学びました。大学を卒業したあとも勉強を続けています。仕事も宗教との関連があります。では、宗教に関わることが趣味なのか。でも、これは「趣味」というよりかは「専門」ではないかと感じます。

なので、単に費やす時間が長ければ趣味になるというわけではなさそうです。やっぱり、趣味は楽しいというか日頃のストレスを発散してくれるようなイメージがあります。

遊びの要素が必要?

日頃のストレスを発散するという意味では、遊びの要素があるのかなと感じます。遊びはホイジンガが『ホモルーデンス』の中で扱っているのですけども、ざっくりと言うと、それ自体が目的となっているものでしょう。つまり手段になってはいけないということです。たとえばゲームだと、ゲームで勝つこと自体を目的としているのであれば遊びですが、賞金を得るためにゲームに勝つとなると遊びではなくなってしまいます。これを考えるならば、専門とか仕事とかいったものは除外できるはずです。

ただ、やはりそうは言っても、遊びと趣味は違うように思われます。比較的時間を費やしている遊びが趣味だと定義できるような気もしますが、別に興味のない遊びに時間を費やすことももちろんあり得るわけで(暇つぶしとか)、それは趣味ではないだろうという気がします。

趣味ってなんだろう?

そんなわけで、趣味って何なんでしょうね。「趣味は何ですか?」って聞かれると困ります。わかりません。日頃なんとなく時間を費やしているものはありますが、でもそれが本当に趣味なのかはちょっと怪しいです。

まあ、「趣味は何ですか?」と聞いてくる方は別にそんな面倒くさい話をしたいわけではなくて、単にコミュニケーションをとるために、話題として聞いているだけであろうと思います。その意味では当たり障りのないことを答えればよいのでしょう。

でも、それにしても、話した後になって「やっぱりどうなのかなぁ」と気になってしまうのです。