宗教を勉強していたら周囲から言われること


以前にこのブログで「宗教学ができる有名大学」とか「大学で宗教学を専攻した際の就職先はどんな感じ?」とかを書きました。ぶっちゃけ、そんなに大した情報は含まれていない記事なので申し訳ないなと思っているのですけども、かなりアクセス数があります。やはり、宗教を学びたいと考えている人は少なくないのでしょう。とはいえ、人の目が気になるというのもよくわかります。そこで、宗教を勉強していたら周囲からどんな反応をされるのか、私自身も宗教を勉強しているので、体験談も踏まえながら書いてみたいと思います。

「へぇ、そうなんですか…(ヤバいことを聞いたなぁみたいな感じで)」

典型的な反応です。少なくはないですね。こういう反応が出てくるのはよくわかります。つまり、「宗教=カルト」という理解と「宗教を勉強している=宗教を信じている」という理解があって、そこから「宗教を勉強している=カルトにハマっている」となるわけです。

これは誤解としか言いようがないのですけども、まあ、今の日本では仕方がないのかもしれません。宗教と言ってもいろいろあって、たしかに怪しいカルト(本来のカルトの意味とは違うのですが)のようなものもありますが、大部分の日本人が当たり前のようにやっているお墓参りやお葬式、七五三、クリスマス、占いといったものも宗教です。ですが、これらを宗教として対象化することが難しいようですね。また、宗教を信じていなくても宗教を勉強することは可能なのですが、この2つを分けて考えられない人が少なくありません。

このような反応をされた場合、私は宗教の多様な側面を説明するようにしています。つまり、繰り返しになりますが、お墓参りやお葬式なども宗教なんですよ、と伝えるわけですね。この説明をしたときの反応は主に2つあるように感じます。「なるほど、そういう見方ができるのか」と興味を持ってくれる場合と、完全に話を流そうとする場合です。後者だと、あまり宗教の話はしない方がいい気がします。

「別に私はいいと思いますよ」

「宗教を勉強しています」「別に私はいいと思いますよ」みたいな感じです。一瞬、意味がわからなくて「は?」となってしまうのですが、次のように考えればその発言の意味がわかるように思われます。

つまり、ここでも「宗教=悪いもの」という理解と「宗教を勉強している=宗教を信じている」という理解が前提されていて、ここから「一般的に宗教は悪いものとされているけど、私は他の人と違って寛容だから、別に私はいいと思いますよ」と繋がっていっているわけです。

端的に言って失礼だと思うのですけども、このような反応は珍しくありません。加えて言うならば、日本における宗教への寛容は、たいていの場合、単なる無関心であることが多いです。寛容と無関心は、表面的な態度はほぼ同じなのですが、中身はまったく違います。

「お坊さんになるんですか?」

お坊さんに限らず、「牧師になるんですか?」とか「神主になるんですか?」とかそういうのですね。たまに、冗談だとは思いますけど、「教祖にでもなるんですか?」、「新しい宗教でもつくるんですか?」みたいなのもあります。

これも先ほどと同じで「宗教を勉強している=宗教を信じている」という理解が前提されています。この2つを分けられない人は本当に多いです。

宗教系の職業を目指して宗教を勉強している人であれば胸を張って堂々と「そうです」と言えばいいと思いますが、そうでない人にとっては説明が面倒になるかもしれません。

「もっと教えて!」

これは宗教に興味を持っている人の反応です。「宗教を勉強しています」と言うと「ええ!スゴイ!前から気になってたんですけど、○○ってどういうことなんですか?」みたいにどんどん質問してくれます。

まとめ:反応は極端

明確に拒絶をしてくる人はほとんどいません。「へえ、そうなんですか~」みたいなことを適当に言って、話をそらそうとするような感じです。ただ、拒絶しているというのはすぐに感じられます。そして、一方で、「教えて!教えて!」と食いついて来る人もいます。なので、宗教が好きな人と嫌いな人とで極端に分かれるように感じられます。割合としては嫌いな人の方が圧倒的に多いですけど。

宗教を勉強していたら、宗教を誤解している人が多いと感じる機会が増えるのではないかな、と思います。

宗教を勉強したい人は頑張ってください。