職種ではなく専門を―働き方について―


私が働き方について思っていることを簡単に書いておきたいと思います。先に言いたいことをまとめると、職種を固定してしまうのではなく、専門の表現形式と捉え、需要や社会の変化に応じて変えていくのがいいのではないか、といった感じです。

現在の主な考え方

一概には言えませんが、仕事について職種を中心に考える傾向があるように感じます。たとえば、就職活動をする際には、営業はしたくないから事務職に就きたい、考えることが好きだから企画をしたい、どんどん稼ぎたいから営業をしたい、などのようにです。また、名刺には、営業や企画といった職種(部署)が書かれていることが多く、仕事をする上でそれなりに重要と考えられています。それに、仕事以外の場(趣味など)で自己紹介をするときでも、仕事について語る際にはまず職種を言うことが多いのではないでしょうか。たとえば「仕事はSEです」とか「○○業界で営業をしてます」などのようにです。

このように、職種を中心に仕事や働き方を考える傾向があるように思われます。

職種とは?

職種は一般的に業務内容を意味します。具体的には、営業や企画、事務、SE、教師、医師などがあります。

これらの職種は、よくよく考えてみると、それ単体で存在しているわけではないことがわかります。たとえば、企画であれば何らかの商品・サービスやキャンペーンなどを作るわけですけども、その背景には「○○な社会を実現したい」といった企業理念があって、その理念に基づいて仕事をしているはずです。また、営業であれば、理念を実現するには社会の人々にそれを届ける必要があるので、営業活動をしているわけです。

つまり、職種は、前提に何かの目的があって、その目的を達成するための表現形式であると言えます。上記の通り、現在では職種を中心に考える傾向があるように思われるのですけども、本来的な順序から考えれば、少しおかしいところがあるのではないでしょうか。

専門を中心とした働き方

何かしらの目的というのが最初にあって、それを社会の中で実現していく際に、職種という形で表現されていきます。

ここからは私の場合で考えてみたいと思います。私は、宗教間・宗派間における諸問題の解決に何か貢献したいと考えています。これが目的であるわけですけども、必ずしも同一視できるわけではありませんが、目的は専門に近いところがあります。私は今、宗教について勉強していますので、これが専門です。

そして、この専門を中心に考えると、表現の幅は非常に広がってきます。宗教について知りたい人に対しては宗教について教えることができます。これは授業という形で表現すれば講師になりますし、本という形で表現すれば作家です。同業に新しい視点を提示すれば研究者になります。宗教に関する悩みについて寄り添うのであればカウンセラーいったところになるでしょう。

このように、専門を持っていれば、その表現を変えるだけでさまざまな働き方を実現することができます。この働き方の1つの利点として精神的な安心感があります。何かの職種に需要がなくなってきたり、あるいはケガや親の介護など何らかの事情によってその職種に携われなくなっても、別の職種で仕事ができるからです。

最近は徐々に間違いであることが理解されつつあるようですが、以前、AIによって仕事が奪われるということが言われていました。これはなかなか象徴的な例だと思うのですが、多くの人は自分のやっていることに固執しているのではないでしょうか。「これしかない」と固定してしまっているからこそ、それが奪われそうなときに焦るのです。職種のように、形式的なものは時代の変化と共に容易に消滅する可能性があります。しかし、専門というのはそう簡単には消えません。「私の職種は○○です」ではなく「私の専門は○○です」の方が安心感は大きいでしょうし、それ以上に楽しいと思います。

形式の習得はそれほど難しくない

このような働き方の反論として、そんなに職種を多く持てないというものがあるかと思います。1つの職種を習得するにはそれなりの時間がかかるというわけです。しかし、形式的なものの習得はそれほど時間はかかりません。仕事として通用するレベルであれば、分野にもよりますが1~3年程度です。営業の仕方、プログラムの書き方、外国語の習得など、たいていのことは1~3年程度でお金がもらえる程度には上達します。

以前、寿司職人に握れるようになるまでどれくらいの時間が必要なのかを聞いたことがあります。失礼な質問であるようにも感じたのですが、ホリエモンが寿司なんか握るのに10年もかからないといっていたので、本当にそうなのか気になったのでした。そして、寿司職人の答えは、握りは2年あれば十分なのだそうです。しかし、本当においしい寿司を握るならば、魚の季節や産地、新鮮度といったものの判断、それに業界全体の構造なども理解しなければならず、やはり10年は必要とのことでした。

寿司職人というのを私の理解するところの働き方で言えば、専門はおいしさの追求で、その表現として握りがあるのだと思います。そして、寿司職人曰く、握りという表現形式は2年で習得可能で、専門の習得には10年かかるというわけです。

このように考えれば、本当に大変なのは職種のほうではなく、むしろ専門の追求です。専門をどう追求していくのかというのは難しい問題で、どうすればいいのか私もわからないところがあるのですが(でも大学教育が大事かなと思います)、職種自体はそれほど問題にはなりません。

まとめ

職種から入るのではなく、専門を追求して、専門を表現するためのものとして職種を考えれば、働き方にも多様性が出てくるのではないかと思います。