nancolu

一般人の個人ブログです

人間性は虚構から生まれる



パッと思いつきました。思いつきでそのまま書いちゃうのは悪い癖ですが、そもそもこのブログはそのつもりでやっています。

人間的なものってなんだろう?と考えたとき、そこから連想されるものの大部分は虚構であると思います。文学、絵画、音楽、演劇、建築、映画、アニメ、漫画、恋愛、宗教、祭り、政治、社会、国家、資本主義、ライフスタイル、ファッション、料理などなど、順番はテキトウで意味はないですが、こういったものは虚構ですし、こういった虚構から人間性が感じ取れるように思います。

反対に、ただ事実を記述するだけの客観的なものは、人間的ではない無機質なものが感じられます。科学からは人間的なものはあまり感じられませんし(まあ科学も虚構といえば虚構ですが)、最近進歩が著しいIT技術なんかは面白くて、ロボットがしゃべるのは気持ちが悪いからわざわざ人型に作ったりとか、webページの案内ではキャラクターに吹き出しがついていたりしていますし、やっぱり虚構的な要素がないと不安を感じるのでしょう。

そういえば、最近の若者には人間性が感じられないのだそうです。その主な根拠としては、消費意欲に欠けることでしょうか。車はいらない、腕時計はいらない、必要最低限のものがあればそれでいい、というような態度です。個人的には消費に走らないのはいい傾向なのでは?(経済的には知らないけど)と思うんですけども、そういった態度から人間性が感じられないというのは納得できるような気がします。そもそも、消費というのが一つの虚構です。特に、若者世代を批判している世代は40代よりも上の世代であると思いますけども、「賢い消費」つまりライフスタイルに沿った消費に染まっていた世代でしょうから、そう感じるのも無理もないはずです。

私に言わせれば、「若者の虚構離れ」といったところでしょうか。現実と虚構はそれぞれ独立した存在であるという認識、その認識がいろいろな問題を引き起こしている気がします。しかし、虚構離れは必ずしも若者世代に限ったことではなく、その上の世代にも起きています。度合は若者世代の方が酷いと思われますが、上の世代にも虚構離れが起きているのは間違いありません。「人間の虚構離れ」、これは同時に「人間の人間性離れ」でもあると思います。ここ最近の問題も、現実と虚構の分断が、その根底にあるのではないか、という気がします。

--追記--

誤解する人がいるかもしれないので補足しておくと、虚構が悪いわけではないですからね。むしろ、虚構がないと人は生きることができないです。生きることができないとまで言うと大げさに取られるかもしれませんが、少なくとも私は無理だと思います。

このブログではくどいほど書いているのですが、本来は、現実の中に虚構があり、現実と虚構の区別はつきません(私は「現実=虚構」という認識をしているのですが、これはこれでどうかと思わないでもないけども、それはここではいいでしょう)。

現実は唯一であり、それが虚構を包摂します。現実と虚構の境界線は極めて微妙で、明確に区別することは不可能です。しかし、若者(に限ったことではないですが)の傾向として、現実と虚構は並列の関係で、それぞれが独立していると認識するようになっています。この、現実と虚構は独立して存在しているという認識が問題なのです。例えば、暴力的なゲームに関して「現実と虚構の区別がつかない人はしない方がいい」という発言や書き込みを見かけますが、これこそが現実と虚構はそれぞれ独立していると認識している証拠です。これは確実に現実認識に影響を与えます。いや、現実認識に影響を与えるくらいならまだマシで、そもそも現実を知らない人もいます。

どうも、その字面からか、虚構に対して悪いイメージを持つ人がいるのですが、虚構そのものにいいも悪いもなくて、その在り方の問題です。そして、現実と虚構は区別することができるという、その認識における虚構は、いい傾向ではありません。