mspoについての感想―ゲームがゲームでなくなるとき―


久しぶりにどうぶつタワーバトルで遊ぼうと思い、立ち上げたところ、mspoというのが出てきました。これについて思ったことを率直に書いておきます。

mspoについて

mspo(エムスポ)について知らない人は多いだろうと思いますので、簡単にまとめておきます。といっても、ホームページの説明の方がわかりやすいでしょう。少し長いですが引用します。

ゲームアプリ上に自動でゲーム大会を生成して、プレイヤーのエントリーからマッチング、賞品ポイントの付与と交換の仕組みまで、全てワンストップでesportsを実現します。これにより、貴社ゲームのユーザーに、競う楽しさと賞品獲得が生む緊張をもたらす新しい体験を生み出します。(引用:mspo株式会社(エムスポ)

スマホゲームにmspoを組み込むことで簡単にeスポーツになる仕組みであるようです。これはゲーム制作者の話で、普通にダウンロードしてプレイする人には関係ありません。

ゲームの勝者にはエムスポ独自のmポイントを配布します。ユーザは貯めたmポイントをAmazonギフト券やdポイント(近日予定)に交換するなど、自分の好きな商品に変えることができ、ゲームの楽しみが商品ゲットの喜びに変わります。mポイントでの交換対象は今後、様々なポイントへ拡大予定です。(引用:同上)

こちらはプレイする人に関わるところです。mspoが組み込まれたゲームをプレイして勝つとポイントをもらえ、そのポイントを交換することで何らかの景品が得られるようです。

ゲームがゲームでなくなった

ゲームとは何かについて説明するのは非常に難しいので省略しますが(ピコピコするだけだと思っている人はゲームを理解していないのです)、ひとつ言えるのは、ゲームは勝ちを目指す遊びだということです。

ゲームには必ず対戦相手が存在します(大半のデジタルゲームはゲームではありません。たとえば、マリオに登場するクリボーはプログラムに従って動いているに過ぎないのです。大半のそれはせいぜい「操作可能な動画」程度のもの)。プレイヤーは勝つことを目指して相手と戦います。相手はどのような手を使っているのかはわかりませんから、それを読みながら戦略と戦術を考えます。この考えるということがゲームの本質であり、楽しみなのです。

そして、ゲームは勝つことを目指すわけですが、これは勝たなければ面白くないという意味ではありません。あくまでも「目指す」のであって、繰り返しになりますが、ゲームの楽しさは勝つためにはどうすればいいのかを考えることにあるのです。なので、勝っても負けても楽しいのです。

「負けても楽しい」が成り立つのはゲームが遊びであるからです。ゲームの起源は(さまざまな議論が可能でしょうけども)戦争にあります。ゲームの王道とも言える将棋は戦争のシミュレーションです(ゲームの話に将棋が出てくる理由がわからない人はゲームを理解していないのです)。その他のゲームもベースには戦いの要素が含まれています。戦争を楽しむことはできません。倫理的な問題もそうですが、負けてしまえば生命に直結するからです。しかし、戦略と戦術を考えることにはそれなりの楽しさが認められます。そこで、戦争における戦いの要素を抽象化して文化的に表現し、戦略と戦術を取り出して生まれたのがゲームです。負けても実害がないからこそ純粋に遊びとして楽しめるのです。

ここでmspoについて考えてみます。「ゲームの楽しみが商品ゲットの喜びに変わります」とあるように(ゲームの定義が曖昧ですが)ゲームであることを否定しているようにも思えます。ゲームに勝つことで商品がもらえる、しかもその商品はアマゾンギフトのように実用性があることから、ゲームに勝つことを手段として考える人が出現する可能性が極めて高いです。勝利を目指して考えることがゲームの楽しみなのですから、それはもはやゲームではありません。

eスポーツの大衆化がもたらすであろうこと

mspoの場合は、商品はそれほど金額が大きいわけではなく、また負けて損はしないのでまだ楽しめる余地はあるように思われます。しかし、今後もし同じようなシステムが出てきてeスポーツが大衆化し、商品も大きなものになってくると、いろいろな弊害が出てくるように思われます。

まず、商品は付き物だという認識が支配的になるとゲームは消滅します。これは定義の問題なのでゲームに商品は付けられません。そういう意味ではeスポーツは極めて便利な言葉です。スポーツなのですから商品がついても問題ないのでしょう。そしてeスポーツ、つまりデジタルゲームは比較的参入が簡単であるため、誰もが挑戦できます。専業にする人も出てくるでしょう。負けると生活ができませんから、もはやただの資源の奪い合いになってしまいます。ゲームが戦争に逆戻りしてしまう瞬間です。

フィジカルスポーツの場合はあまりこういうことにはなりません。フィジカルスポーツの大部分はゲームの形式をとっているので、両者の区別は非常に難しく、さまざまな議論がなされていますが決着はついていないようです。しかし、フィジカルスポーツで稼いでいくのは困難であることが明らかなので、部活動などでスポーツとゲームの区別がついていなくてもそれほど問題にはなりません。

しかし、ゲームがeスポーツとなり、仕組が構築されるようになって誰でも稼げるように見えるようになってくると、どこからがゲームでどこからがスポーツなのかを明確に区別する必要が出てくるように思われます。

(別の話になるのですが、スポーツにおいて賞金が発生するのは、私は当然だと思います。というのは、スポーツはどちらかと言えば記録更新に重きが置かれており、記録更新が達成されたということは「人類はこれだけのことができるのだ」という証明になるので、そこには一定の価値があると考えます。誰がその価値に対価を払うのかは知りませんけども)

まとめ

mspoはゲームの面白さをなくしてしまう可能性があるので、私は嫌いです。また、mspo自体が悪いわけではないのですが、もし仮に今後同じようなシステムがもっと大規模なものになって登場するようになると、いろいろと問題が出てくるように思われました。