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瞑想、マインドフルネスに効果はあるのか



宗教に関する記事が続いたので、ついでにもう一つ書いておこうと思います。タイトルの通り、瞑想やマインドフルネスの効果についてです。以前にも書いたのですが(マインドフルネスはビジネスに効果があるのか - nancolu)、自分で言うのもなんですけども、何かわけのわからないことを書いているので、もうちょっと具体的にしたいと思います。

マインドフルネスって、座って目をつむってボケ~とするようなイメージがあると思うんですが、それはまあそうなんですけども、実はいくつも種類があります。つまり、単に座って目をつむっているだけではないんですね。その種類をあげればキリがないのでやめますけども、おおざっぱですが、大きく2つに分類できるだろうと思います。

1つ目は西洋型のマインドフルネスです。こちらはその名の通り、マインドに重きが置かれています。マインドに満たされている、という感じですね。ちなみに、マインドというのは「心」というよりも「頭」です。意識的に自分の状態を把握しよう、というのがマインドフルネスです。ではなぜそのような発想が生まれたのでしょうか。精神医学の話になるんですが、従来では、トラウマのようなものに対しては、問題となっている悪い記憶をできる限り抑圧して、意識しなくてもいい状態を作るのが効果的であるとされていました。しかし、研究していくと、どうも長い目で見れば、悪い記憶を抑圧するよりも、常にそれを意識して、それを受け入れられるようにしていく方が良いということがわかります。というわけで、それを可能にするためのマインドフルネスというのが出てきます。

2つ目は東洋型のマインドフルネスです。ここではわかりやすさのために瞑想という表現にしておこうと思います。こちらの瞑想は仏教的なものから出てきました(仏教以前にも瞑想はあるんですけど)。早い話が、悟るための修行として瞑想があります。仏教の瞑想にはいろいろな考え方があるんですけども、基本的には仏教ではあらゆる存在は縁によって成り立っており、独立した存在はないと考えます。独立した存在はないということは「私」というのもないわけですが、それを実感するために、瞑想を通して体や自然を感じ取ろうとします。

西洋型のマインドフルネスと東洋型の瞑想の違いとしては、頭と身体のどちらに重きを置くかです。マインドフルネスは頭です。瞑想は身体です。

マインドフルネス、つまり頭を使うということは、前提として自我を認めます。自我がなければ自分の状態を意識的に把握するなんてことはできません。また、マインドフルネスにおいては、自分を完全に把握している状態を理想として、それを目指します。明確な目標があり、努力などを通してそれに到達しようとします。

瞑想、つまり身体に重きを置くということは、前提として自我を認めません。身体の調和や身体と自然との一体感を感じようとするのが瞑想です。基本的には身体や自然に従っていくという形になるため、マインドフルネスのように理想というような明確な目標はありません。むしろ、身体や自然に従うとどこに行くのだろうか?という感じです(自我があるのを前提に、自我がないことを理想として、それを目指すという考え方もあるんですけども)。

これらを踏まえた上で、マインドフルネスと瞑想の効果を簡単に考えてみたいと思います。まず、マインドフルネスですが、リラックスできるようになる、かもしれません。というのも、自分の状態、つまり何にストレスを感じているのか、といったことを把握することは精神的に良いことがわかっているからです。研究では、鬱などにある程度の効果が期待できることが確認されています。ただし、悪化する場合もあるようで、もしやろうと思っている人がいるのならば、一人でするのではなく医者と相談した上で行うべきです。また、思考をリセットし、既存の枠組みから外れることが可能になる、かもしれません。例えば、迷路を最短距離でゴールしろ、と言われた場合、普通なら迷路を解きますが、迷路の中を通らずに、外を回ってスタートからゴールまでそのまま結びつける、というような、ある意味では「ぶっ飛んだ」思考ができるようになります。大手IT企業などが狙ってるのは、おそらくこういったものなのでしょう。

次に瞑想です。瞑想というのは、そもそも何らかの利益を期待してするものではありません。瞑想する段階では、身体に従ったらどこに行くんだろう?というように、わかっていないところから出発します。なので瞑想をした先に何があるのかはわかりません。そこに利益を求めるのがそもそもの間違いです。(もちろん瞑想にはいろいろなものがあるので一概には言えないんですけども)

マインドフルネスと瞑想によくある誤解についても少し考えたいと思います。

まず、人格が良くなるということについて。これはマインドフルネスと瞑想、どちらにおいてもあり得ません。マインドフルネスというのは、自分の状態を客観的に理解しようとするものなので、そこから良い人格が生まれるわけではありません。まあ、マインドフルネスをして、自分が悪い状態にあることを理解し、それを他の方法で改善することで、表面的には人格が良くなったと判断されることはあるかもしれませんけども、ただ、それはマインドフルネスとは関係ないです。また、瞑想についてですが、そもそも自我を想定しませんので、同時に人格なんてものもありません。瞑想というのは、善悪のような価値判断を超えたところにあります。

次に文脈について。ここまで見てきたように、少なくともマインドフルネスと瞑想の2種類があり、さらにそれぞれにもさまざまな種類があります。目的もさまざまです。そのため、それらの文脈を理解していないと、わけのわからないことになってしまいます。例えば、ジョブズの影響もあって、日本で瞑想が流行りましたが、おそらくこれはあまり意味がありません。ジョブズがやっていたのはどちらかと言えば瞑想(東洋)なのですが、それが欧米で流行して、日本に逆輸入されてきた形になります。もともと日本にあったものが入ってきたわけです。瞑想というのは自我を想定せず、身体に従うような形になるのですが、日本人は既にそういう状態になっています。みんながみんなとは言えませんが、そういう状態の人は多いでしょう。その上でさらに瞑想をしようとしているのですから、結果は言うまでもありません。そういう意味では、日本人がマインドフルネスをするというのであれば、わからないでもないですね。

マインドフルネスのビジネスにおける効果について。間接的に影響はあるかもしれませんが、マインドフルネスをしたからといって、例えば営業の成績が上がるというようなことはないです。たまに広告で「マインドフルネスで成績が格段にアップしました!」とかいうのがありますが、それはオカルトです。まあ、ストレス解消くらいにはなるかもしれませんし、ビジネスで溜まったストレスを何とかしたいとかならアリかもしれませんね。私だったらスポーツジムとかに行っている方がいいような気がしないでもないけども。

最後に、なぜ今マインドフルネスや瞑想が注目されているのかと言えば、私が思うに「売れるから」でしょう。端的に言えばお金になるからです。ただ、マインドフルネスや瞑想に対して、研究や宗教的な実践として、真剣に取り組んでおられる方はいらっしゃいますから、そういう人たちが、また本当の意味でそれらを必要としている人たちが、今起きているブームによって蔑ろにされてしまうのだけでは避けなければならないと思います。