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自動車を運転するということ



たぶん自動車の事故の数は少なくなってきていると思いますが、こうニュースなどで報道が続くと、やっぱり気になってしまいますね。ちょっと小言を書いておきます。

自動車を運転するためには、言うまでもないことですけども、運転免許が必要です。運転免許を得ることで、自動車を運転してもいいですよ、という許可をもらいます。逆に言えば、運転免許がなければ運転してはいけません。本来、人間は好きなように、自由に行動することができます。しかし、それをわざわざ法律によって、自動車を運転するという自由を制限しているわけです。このことの意味をもっとしっかりと考えた方がいいのではないでしょうか。

運転免許を取得するためには、自動車教習所に通って、しっかりと勉強したうえで、試験に合格しなければなりません。自動車の運転には、それだけの知識と技術が求められているということです。医者が日々勉強しているように、美容師が技術の向上に力を注いでいるように、運転免許取得者も常に努力していく必要があります。自分の運転に問題がないか常にチェックする、どこかで事故が起きたらその事例について研究する、道路交通法が変わったらすぐに確認する、といったことくらいやってもいいものです。

しかし、実際には、そんなことをしている人は非常に限られているでしょう。それどころか、スピードを出すのがかっこいいと思っていたり、信号が変わりそうな交差点で華麗なカーブを決めるといった危険行為を平然とやってのけたり、自転車が走っていたら邪魔だとキレたり、免許更新の視力検査を「あっちかな、いや、こっちかな」とてきとうにやったり、他にもいろいろあるでしょうが、その程度の認識で自動車を運転しているが少なくないはずです。

こういうことを言うと、車社会なんだから仕方がない、といった反論もきそうです。しかし、そもそも車社会というのがおかしいのです。ここでの「車」はもちろん自動車を指しているわけですが、道路は自動車のためにあるのではありません。自動車も使えるようにしているだけです。教習所ではしっかりと教育しているはずですが、自転車もリアカーも馬も車です。道路はこれらも含めた車のためにあります。そして、それら車の中でも特に自動車は危険性が高いからこそ、免許制になっているのです。それでも車社会と言う人がいるのであれば、どうも私には現実が見れていないのではないかと思わずにはいられません。