産近甲龍でも京大でも講義のレベルはそれほど変わらない



産近甲龍は良くない大学? - nancoluこの記事を書いてから「産近甲龍 バカ」っていう検索ワードでこのブログに来る人が増えてしまいました。しかし、そういう認識をしている人は少なからずいるというのは良く分かりました。

やってることはどの大学も同じ

偏差値の高い大学の方が、偏差値の低い大学よりも、レベルの高い講義をしていると思い込んでいる人がいるのですが、実際にはどの大学でもそんなにやっていることは変わりません。

私自身、産近甲龍の卒業生なのですが、講義を担当していた先生は、元京大の教授や学士院会員、ハーバード大学の元講師など、そんな感じでした。別にそんなものを持ち出さなくても、教授なのですから、専門分野については熟知しているわけですし、大学の偏差値に関係なくレベルの高い講義を受けることはできます(もちろん、研究はできるけど講義は苦手な先生もいるでしょう。しかし、それはどの大学でも同じことです)。

そのため、偏差値に関係なく、しっかりと講義を受けることはできますし、産近甲龍に通っているからバカだ、と即座には言えないでしょう。大切なことは、学生がその大学で何をしたいのかということです。大学の問題ではなく学生の問題です。

レベルの低い学生は確かにいる

「バカ」の定義が曖昧なのでよくわからないのですが、確かに偏差値の低い大学にはレベルの低い学生が多い傾向があるように私は思います。

私が卒業した大学は他大学との連携が強かったので、本当に色々な大学に行くことができました。それこそ京大から、いわゆるFラン大学(失礼な表現ですよね)まで、色々な大学の講義を受けました。

そこで思ったのは、偏差値の高い大学ほど講義に集中している学生は多く、質問も積極的であるのに対して、偏差値の低い大学ほど講義に集中せず、受動的な学生が多い傾向があるということです。

そういう意味では、産近甲龍レベルの大学は京大のような大学と比べると、あくまでも態度のような表面的なところに関しては、レベルが低いと思います。それが「バカ」であるのかは分かりませんけども。

(えらそうなこと言ってますけども、私も講義中にパン食ったり寝たりしてましたからね、人のこと言えないです)

レベルの高い学生は偏差値の高い大学に行く

大学そのものにそれほど差はないのに、なぜ偏差値の高い大学にはレベルの高い学生が多いのか。これは単に、レベルの高い学生が偏差値の高い大学に行くからです。

ある意味では当然のことで、高校生の段階で自分が何に興味があるのかを明確にするのは難しく、とりあえず偏差値の高い大学に行っておけばハズレにはならないだろう、という感じなのでしょう。

日本の大学はかなり特殊で、学部生に関しては18~24歳が大部分を占めています。一度社会人を経験してから大学に行くという発想があまりないようです。自分の興味がある分野について深く学ぶことがもっと一般的になれば、偏差値はものさしとして機能しなくなるでしょう。そうなれば、今は偏差値が低い大学であっても、レベルの高い学生が集まるようになるはずです。

ちなみに、大学に偏差値なんてものがあるのは日本と韓国だけです。世界的には学生の興味が大切にされているように思います。大学は豊かな多様性を持っているのにもかかわらず、偏差値という数字だけで大学の価値が測れるという発想がそもそもおかしいのです。意識だけの、なんの能力もない学生が「大学は偏差値だけじゃない!」とか言ってたら残念な気もしますが、単純化された数字だけで価値を測ると大切なものを見失ってしまいます。