nancolu

一般人の個人ブログです

近代の言葉が変



近代に翻訳された言葉がどうも変です。当時はそれで良かったのだろうと思うのです。というのも時間もなかったでしょうし、さっさと翻訳していく必要があったでしょうから。ただ、それを今でも当たり前のように使い続けているのはどうなんでしょうね、あまり良くないと思います。

変な言葉って、「権利」とか「自然」とか「宗教」とか色々あり過ぎてキリがないんですが、個人的には「良心」です。一般的に、良心と聞くと良いものというイメージを抱くと思いますが、実は悪い良心というのもあります。良心という言葉から悪いものを想像することはなかなか難しいでしょうね。

英語にすると「conscience」で、語源となるラテン語では「conscientia」です。「con」は「共に」程度の意味で、「scire」は「知る」とかそんなんです。つまり、共に知る、みたいな意味になります。ここに、いい悪いの価値判断は含まれません。でも日本語の良心には、価値判断が含まれているかのような印象があります。ていうか、価値判断を含むと考えるのが普通なんでしょう。

こういう近代の言葉を現代でも使っているのは問題だと思います。言葉というのは思考と密接な関係がありますから、思考も古い(というかなんというか)ままになってしまいます。翻訳された当時でも、言葉を使っていた人たちは割と葛藤していたようで、内村鑑三の書いたものを見てみると、気をつかっているように感じられます。当時から、慣れないという意味ではなく、明らかな違和感があったんですし、問題だらけの言葉で考えなければならない現代は割と辛いですよ。ましてや現代では概念について考えられない(知らない)人も多いのに。

イノベーションとか言いますけど(何だかんだでカタカナですね)、その前に日本語を変えている方がいいんじゃないかと思えてきます。もう限界むかえてるんじゃないですかね。