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それって本当にコミュ障?


ここでの「コミュ障」はコミュニケーションが苦手程度の意味で使っています。さて、自分はコミュ障だと思っている人は決して珍しくはないと思いますが、果たして本当にそれはコミュ障なのでしょうか?ということについて私の経験から書いてみます。

得意分野は話せる

私は普段ほとんど声を出しません。何か質問をされれば、同意の場合は頷く、否定の場合は首を横に振る、はい・いいえで答えられない場合は首を傾げる、というような感じです。飲み会とかで注文するときなんかは、軽く手を挙げて店員を呼び、メニューを指さすだけですね。そういうわけですから、私はコミュ障だと思っていました。

しかし、大学院に行ったときの話です。文系大学院はほとんどの授業が5〜6人程度の少人数で、入学した直後はすべての授業で自己紹介をすることになりました。最初はヤバイなぁと思っていたのですけども、研究分野については自分でもびっくりするくらいスラスラと話せたのです。

自分で言うのもなんですが、私は学部ではかなり面白いことをやっていて、そして大学院では専攻を変えたのですけども、この変更は研究において意義のあることでした。ですから、周囲も興味を持ってくれました。自己紹介の最中に質問を受けることもあったのですけど、それに対しても答えることができたのです。

コミュニケーションが取れていると言っていいでしょう。

自信のある分野についてはやり取りできる

一応言っておくと、私にもおかしいところはあります。一時期、発達障害なんじゃないのかと考え、診察を受けたところ、IQテスト(WAIS-Ⅲ)ではめちゃくちゃ高いところとめちゃくちゃ低いところがあったものの、診断は「個性ですね〜」とのことでした。ぶっちゃけグレーなので、他の医師から何かしらの発達障害だと診断される可能性はあると思います。とはいえ、明確に「正常」とは言えないレベルであるのは事実です。

そういうところはあるにしても、専門分野については普通にコミュニケーションが取れているわけですから、どうやらコミュニケーションが取れるところと取れないところがあるように思われます。

では、コミュニケーションがうまくできていない分野とは何かと言えば、私にとってあまり自信がないところです。飲み会での注文なんかは、何か長ったらしい名称だと、発音が合ってるのかなぁとか思うんですよね。それに、日常的な会話の場面で、友達が他の人の話をしていると、その人のことなんかわからないので、どうこう言えないわけです。不正確なことを話すのはよくない、質問するにしても適切なのか判断できない、そう思うと何を言っていいのかわからない。

つまり、何が言いたいのかというと、そもそも知らないことは喋れないよね、ってそれだけのことです。知っていることを喋れるのは当然、知らないことを喋れないのも当然。

たしかに私の場合は興味の対象に偏りがあるのは事実でしょう。しかし、それはコミュニケーションが取れないことを意味するでのはありません。最低限のコミュニケーション能力はあるけども、それを発揮できない分野もあるというだけです。

コミュ力が高いように思える人との違い

それでは、コミュ力が高いように思える人(よく喋る人程度の意味)と私との違いは一体どこにあるのでしょうか。

これは偏見というか、書いたら怒られそうな気もするのですけども、コミュ力が高いように思える人は喋るときに吟味していないと思われます。これを喋ったらどうなるかとか、これは自分が喋っていいことなのかとか、そういうことを喋る際に考えていないのでしょう。私は「バカ」を「思ったことをすぐ言動に移すこと」と定義しているのですが、その意味で彼らはバカだと思います(ここに価値判断は含みません)。

私の場合、専門分野であれば、自分が持っている情報がどの程度正確なのかとか、その情報を発したあとにどういう反応がくるのかをある程度は予測できます。その意味で、自信があるわけです(もちろん専門分野でも喋るのが怖いときはありますけど)。しかし、専門分野以外のことに関してはそういった予測が十分にできず、自信が持てません。なので話せません。

一方バカは、喋りたい内容についてよくわからない自信を持っているのでしょう。なので、吟味する必要がなく、思いついたことがパッと口から出てくるのだと思います。これがコミュ力の正体なのではないでしょうか。

私がブログで饒舌になる理由

しかしながら、私はブログにおいてはかなり饒舌に書いています。自分でもくだらないと思っていますし、専門分野以外のことについても書いているわけです。なぜこれができるのか。

たぶんですけども、文字しかないために、情報量が少ないからだと思われます。実際の日常会話であれば、相手の表情とか、自分と相手との関係性とか、いろいろな情報を総合した上でやり取りをしますから、情報量が多いです。しかし、ブログでは読者がいるにしても、読者は見えないですし、私との関係性もないに等しいです。日常会話では必要ないろいろな要素をブログでは省略できるために、あまり考えることなく、思ったことをそのまま書いているのでしょう。

ただ、そう考えると、私はブログにおいてバカです。不特定多数の人に読まれる可能性のあるブログにおいては、吟味することがより重要となるように思われます。ここ最近気になっているのですけども、ブログとの付き合い方は真剣に考えた方がいいように思います。

日常会話だからこそバカになるべきでは?

ブログのことを思えば、日常会話における発言は別にそれほど影響力を持っているとは思いません。せいぜい自分に近い人間関係における問題にとどまるからです。もっと言えば、日頃から人間関係を築いていれば、何か失敗しても大したことにはならないでしょう。なので、日常会話においては、むしろバカであるほうが合理的ですし、逆にバカになれないということは他者を信頼していないのではないかとも思えてきます。その意味で、いわゆるコミュ障とは、コミュニケーションが苦手なのではなく、他者を信頼できないことであり、それこそが最大の問題なのかもしれません。