着物業界は衰退すべき



着物の衰退

はてなブックマークに面白いのが上がっていました。

何故、着物は衰退したのか…着物業界は「誤った戦略」で自ら衰退を招いてしまったという研究 - Togetter

普通に面白かったです。あと東レのレポートですね。

http://www.tbr.co.jp/pdf/trend/tre_113_02.pdf

レポートには着物業界の腐敗について書いてあって、まったくその通りだなぁと感じました。見てる人はちゃんと見てるんですね(笑)東レだからシルックとかも関係あるのかもしれません。

ただ気になるところもあって、「着物文化がなくなっていいわけがない」と書いてありました。これは、だからこそ着物業界はもっと活性化されるべきだ、ということを言いたいのでしょう。しかし、私は、着物業界が活性化されれば着物文化は衰退するのではないかと考えています。

着物と和風コスプレ

まず前提として、質の高いものが売れるわけではない、ということには注意しておく必要があるでしょう。簡単に言えば、モーツァルトとJ-popでは多くの人はモーツァルトの方が質は高いと判断するだろうけども、実際にお金を出して聞くのであればJ-popの方を選ぶ、という感じです(ジャンル違うので何とも言えないのですが)。

モーツァルトはあまりにも有名なので、実際に聞いたことがない人でも「モーツァルトは素晴らしいものだ」と認識する人は多いでしょう。しかし、着物のようなマニアックなものだと、素人には何が良くて何が悪いのかを判断することができません。

それでは、素人には判断できないものを売ろうとするとどうなるでしょうか?素人が判断できるような形で提示せざるを得ません。結果的に、簡単に着れる着物、自宅で洗濯できる着物、堅苦しい古典柄ではなく明るくポップな印象の柄の着物、といったものが出てくることになります。果たしてこれは着物と呼べるものなのか。

私としては、それは着物というよりも和風コスプレ程度のものだろうと考えます。私は京都に住んでいるのですが、街中には着物を着ている若い人がちょこちょこいらっしゃいます。京都の雰囲気を楽しんだり、割引(着物だと安くなる店がある)を狙ったりしているのでしょう。楽しんでいるところ申し訳ないのですが、たいてい、柄が酷いんですね。率直に言えば、けばけばしい、品がない。それを見て海外の人が「おお、これが日本の文化、着物か!一緒に写真を撮ってください!」みたいになっていることも珍しくないのですが、私としては「それは着物じゃない、本物を見てくれ、日本の文化はもっとすごいよ!」と思ってしまいます。

振袖に関して言えば、最近のはほとんどインクジェットで印刷しています。機械でガーっと印刷しています。職人さんが染めているのではありません。ただ、これ自体は仕方のないことです。職人さんの数が少なくなってきているのですから、どうしようもありません。しかし、インクジェットになったことで、着物を知らないデザイナーが振袖に関われるようになり、そしてデザイナーが消費者を意識したデザインを考案したことから、柄の質がかなり低下しています。

では、優秀な職人が作れば質の高いものになるかというと、実はそういうわけでもありません。例えば、コレド日本橋で行われているきものサローネin日本橋ですが、ここで出品されている着物の柄のレベルはそれほど高くはありません(全部が悪いわけではありません)。職人さんは優秀であるはずですが、やはりお客さんに売れる商品ということで、表現は悪いかもしれませんが、大衆迎合を図り、柄を変えてきています。

こういうことを言うと「お前の主観的な意見だろ」と言われるのがオチでしょう。しかし、確かに着物と和風コスプレの定義を明確にするのは難しいのですが、ある程度着物に慣れ親しんでいる人なら、着物と和風コスプレの違いはある程度一致するはずです。

さて、今、着物業界を盛り上げているのは、着物ではなく、私が言うところの和風コスプレです。失礼な表現になりますが、素人は着物の質を判断できないため、着物を買いません。堅苦しい着物よりも、ポップで分かりやすい和風コスプレのほうが売れます。そして、残念なことに、和風コスプレが注目されれば、職人さんは和風コスプレに携わらざるを得なくなります。

着物文化を守るなら着物業界は衰退すべき

それで、冒頭に書いたことにつながります。着物業界が活性化すれば、着物文化は衰退します。着物業界の活性化とは経済的成功のことです。着物文化の衰退とは、和風コスプレによって着物が蔑ろにされてしまうことです(おそらく、消費者に悪気はないのでしょうが、結果的にはそうなるだろうと私は考えます)。

「着物文化がなくなっていいわけがない」のであれば、大衆迎合はすべきでない。経済的成功を目指すべきではない。その意味で、着物業界は衰退すべき。これが私の考えるところです。

おそらく、着物を後世にも伝えていこうとするならば、多くの呉服屋は潰れるだろうと思います。今の市場規模は3000億程度と言われていますけども、さらに下がるでしょう。でも、着物の質は分かる人には分かりますから、儲けはなくてもまともな呉服屋や職人さんは残るだろうと私は信じるのです。確かに、楽観視しすぎかもしれません。しかし、「まともな着物は売れない、消費者のレベルに合わせないと生きてはいけない」という考えは、消費者への不信ではないでしょうか。

よくある反論

上のようなことを言うとたいてい反論が来ます。よくある反論への反論を簡単に書いてみたいと思います。

「親しみやすい着物は本物の着物への興味を生み出す」

簡単に着れたり、ポップな柄の着物、つまり私が言うところの和風コスプレを売って、多くの人が興味を持てば、いずれは本当の文化としての着物にも興味を持ってくれるはずだ、という反論です。

そして、それへの反論です。例えば日本にはレトルトカレーが広く流通していますけども、ではそれによって本場インドの文化が日本に根付いたと言えるのでしょうか。レトルトカレーを食べて本場のインドカレーにも挑戦してみようと思う人はどれだけいるのでしょうか。

つまり、和風コスプレが流通したからといって、それは着物文化が復活したのではなく、単に和風コスプレが売れたに過ぎません。現に和風コスプレから入って友禅とかにも興味を持つ人はごく少数です。いないとは言わないけどもレアです。おそらくそういう人は、和風コスプレがなくても着物に興味を持ったことでしょう。

「昔の人は日常的に着物を着ていたから現代にも簡単なのがあってよい」

これは着物の定義の問題になってくるのですが、昔の人が日常的に着物を着ていたわけではありません。また「昔」というのが何とも言えないのですが、我々がイメージする着物というのは明治に生まれたものであって、そんなに歴史があるわけでもないです。それ以前のことを言っているのならば、利便性の問題で、昔の人は東京大阪間を歩いて移動していたのだから現代人も新幹線なんか使わずに歩けと言っているようなものです。

「和風コスプレだか何だか知らんが着物は着物だ」

確かに定義は難しい問題なのですが、でもやっぱり簡単に着れて、ポップな柄で、というのは着物だとは思えません。

こういう人にちょっとツッコんだら「型破りなんだ」とか言うのですが、型というのは型を知っている人間がやるから型破りなのであって、型を知らない人間のそれはただの我流であり、中身がなく、伝統もありません。

そして、一般に流通している和風コスプレの大部分には、この型がないように思われます。果たして和風コスプレを日本文化と言えるのでしょうか。

着物文化と着物業界の発展を両立するために

さいごにこの問題について簡単に書いてみたいと思います。先ほど、着物文化を守るためには着物業界は衰退すべき、と書きました。しかし、これは現在の業界の在り方ではそうするしかないという意味です。私が思うに、着物文化の発展と着物業界の発展は、必ずしもトレードオフの関係ではないはずです。それでは、どうすべきなのか。私は、着物塾のようなものを開いて、しっかりと着物について勉強することだと思います。

今あるもので近いものだと、着付け教室があります。しかし、正直なところ、まともなところは非常に少ないです。レポートにも指摘がありましたが、販売を前提とした教室が大部分を占めています。また、教室といっても、単に着物を着れるようになるための練習場にすぎません。これでは、着物を理解するのは無理です。

そういう意味で「塾」です。着物のことをしっかりと勉強しなさい、ということです。これは、消費者が着物を勉強するのはもちろんのこと、業界も消費者に対して正しい着物の知識を教えていかなければならならいということでもあります。現状はそうはなっていません。どちらかと言うと、消費者をだますような形で商売をしているように思えます。

着物は本当に多様で、豊かな複雑性を持っています。その着物づくりに携わる職人さんは本当に、もう本当に勉強されています。そんな職人さんでも着物の全体を理解するのは困難だと言っているのです。しかし、着物の勉強は苦痛ではありません。むしろ、着物が持つ多様性を知ったとき、それは喜びに変わります。

時間はかかるはずですが、そうやってしっかりと勉強し、着物の知識を身につけることができれば、お客さんは和風コスプレではない着物を欲しいと思うことでしょう。そうすれば、着物業界は、しっかりとした着物を、まともな方法で販売できるようになるはずです。