社会規範?なぜ結婚しなければならないのか


正月恒例

お正月になると家族や親戚との距離が短くなります。私の場合、実家に住んでいるので帰省というイベントはないのですが、大掃除などで家族と行動することが多くなるわけです。そして案の定、父親から言われてしまいました。

「これからどうすんねん。友達とか結婚して子供いるやつもいるやろ?」

というわけで、結婚しなければならないのでしょうか?

個人の自由では?

すごく陳腐な表現に思えてくるのですけども、一言で言ってしまえば個人の自由なのではないかと私は思います。

私は結婚したいと思っていません。人間、気が変わることもあるでしょうから、もしかしたら将来的にはそういうことがあるのかもしれませんけど、少なくとも今の私は結婚を考えることはできないです。話が前後することになりますが、この理由については後で書くことにします。

なぜ結婚しろと言うのか

「結婚をしろ」という主張やその根拠にはかなりバリエーションがあります。しかし、私の体感としては、社会と絡めたものが多いように思われます。

今回私が言われた「友達とか結婚して子供いるやつもいるやろ?」に関しては、友達という狭い範囲ではありますけど他者を持ち出しているわけですが、社会では結婚して子供を持つのが当たり前であって、そうではないお前(私)はおかしい、結婚して子供を持つという本来の在り方に軌道修正すべきだ、という主張なのだろうと思います。

また今回ではありませんが、私が学生のときは「付き合っている人はいるのか」と父親からよく聞かれました。結局のところ恋愛・結婚・子供、つまりロマンチックラブイデオロギーです。

私は別に、恋愛・結婚・子供をワンセットに考えることがダメだと言うつもりはまったくありません。そういう人がいてもいいですし、そうしたいと言う人がいるならば、それに対して他人がどうこう言うものではありません。

しかし、これがイデオロギーになるのは、どうなんでしょうね?もしそれを押し通したいのであれば、主張する側は、従来それが必要だった理由と、それが現在においても適応できる理由を説明しなければなりません。現代社会の構造を考えれば無理があるのは言うまでもないことですが。

まあ、そういう細かいことは置いとくにしても、現在でも結婚にはそれなりの意味はあるでしょう。20代は若いので働くことにも問題がなかったとしても、50代とかになってくると体力の問題が出てきます。もし病気になったら生活はどうするのか。心細い時に隣に人がいればどれほど安心か。結婚相手を見つけるにはやはり若いときの方が見つけやすいので、20代の内に結婚を考えた方がいいのでは?といった感じになるのかもしれません。

かなり腹が立つのですが、しかし悪気はないのでしょうし、親心といったところなのでしょう。

なぜ私は結婚したくないのか

ロマンチックラブイデオロギーであるにしても、結婚した方がいいのでは?という主張はわからないでもありません。しかし、それでもなお結婚はしたくないのです。

これは私の問題なので極めて個人的な話ですが、性格です。私は極度の内向型で、人と接することに抵抗があります。以前は会社に勤めていたのですが人間関係が悪化して1年半で辞め、現在は一人で仕事ができるよう自営業になっています。基本的には家から出ません。2,3か月ずっと自分の部屋から出ないこともあるほどです。同じ家にいるのに家族とは夕食のときしか会わないこともありますし、日によっては一切声を出さないこともあります。人と接することに尋常ではないほどのエネルギーを使うのです。結婚なんて想像するだけでもイヤですね。

私はあまりにも人間を避ける傾向があるので一時期病気なんじゃないかと思ったほどなのですが、生理的なものなのだそうです。少数ではあるのですが、私のような人間はちょこちょこ生まれるようで、心配する必要はないとのこと。

ここにイデオロギーの問題があると思います。私のような人間はたしかに、少数ではあるものの存在するのです。それがマイノリティを抑圧します。構造的暴力です。暴力ですよ。私のような人間は言われるだけであってそれほど実害はないのですが、同性愛者のような方からすれば今の社会は相当ひどいものであるはずです。ロマンチックラブ自体は個人の自由にすればいいですが、イデオロギーにはするなと強調しておきたいです。