nancolu

一般人の個人ブログです

体的旅と知的旅とその統合



この前に精神的に楽になるための方法 - nancoluを書いたんですが、読み直してみると、何やらごちゃごちゃしている印象があったので、もっとコンパクトにできんのかと思いました。そこで「旅」という言葉を使ってみたいと思います。

立禅を体に入れていたけども、これは別にします。で、体の方の散歩ですが、散歩と考えるとやや範囲が狭いように感じます。これは多分拠点の問題だと思うんですね。家という拠点の近くを歩くから散歩です。家という拠点から離れたところまで歩くのは散歩とはあまりいいません。言うならば、拠点から距離があれば旅行みたいになるでしょう(ちなみに旅行でホテルに泊まっていても、ホテルという拠点の周辺を歩くのであれば散歩になるとは思うんですけどね)。ただ旅行というと遠いところですから、旅と考えるとピッタリくるように思います。旅と旅行の違いは線と点です。旅は目的のない線的なもので、旅行は目的のある点的なものです。旅は移動そのものを重視し、旅行は目的地を重視します。旅には目的がなく、移動が重要なのですから、散歩もある意味では旅みたいなものでしょう。

そして精神的なものとして、読書と日記を挙げましたが、ちょっと無理やりですけども、勉強と研究に置き換えています。また勉強と研究は切り離すことはできません。勉強と研究を1つの言葉で表現するのは難しいですが、知識とか知恵とかいったものでしょうから、とりあえず知にしましょう。またこれについて考えると、結局のところ、思考の過程であり、それを追う旅と表現することもできるだろうと思います。

これで体的旅と知的旅(精神的旅?要は体と頭)が出てきました。これでは分断されていますから、ここに立禅を持ってきます。2つを統合するものとしての立禅です。前は立禅を体にしていましたが、本当は体と精神を統一するものです、禅ですからね。というわけで、体的旅と知的旅、それらを統合する立禅。旅の動と立禅の静、その連続。おお、多少はまとまった!実践的関係主義なんて名付けてみてもいいんじゃないですか?カッコいい(*´ω`)