IT技術の背景にある宗教的欲求


IT技術と宗教がどう関係するんだ?と思われるかもしれません。たしかにIT技術が生まれたのはここ最近のことであり、一方宗教は人間の誕生と同時にある歴史的なものです。しかし、IT技術の背景には宗教的な欲求がたしかに存在するのです。

遠くにいる人とのコミュニケーション

ITと一言で言ってもさまざまなものがありますが、代表的なものにインターネットがあるでしょう。インターネットが発達したことで遠くにいる人と瞬時にコミュニケーションがとれるようになりました。特にメールやSNSは、今では欠かすことのできない重要なインフラにもなっています。

ITが可能にした遠くにいる人とのコミュニケーションは、まさに宗教が主眼としていたものでした。宗教によっていろいろな考え方があるのですが、多くの宗教は人が死ぬとあの世という遠く離れた場所に移動すると考えました。死んで終わりではなかったのです。そして、あの世にいる人ととのコミュニケーションを絶えず試みます。

宗教的な考え方を受け入れるかどうかはともかく、ここで確認しておきたいことは、人間には遠く離れた人とコミュニケーションをとりたがるということです。ITはまさにこの点に大きな貢献を果たしました。

リアルとバーチャル

IT技術の進歩は留まるところを知らず、今では存在しないバーチャルを現実空間において展開することが可能となりました。ARやVRを知らない人はもはやいないでしょう。ポケモンGOは現実には存在しないポケモンとの交流を実現しています。

このようなバーチャルに対する欲求はIT技術の専売特許ではありません。宗教にもあるのです。たとえばキリスト教の教会は、ステンドグラスを利用し、教会に差し込む光で神を表現しようとしました。また京都にある平等院鳳凰堂は、極楽浄土をこの世に表現しようとしました。このように、この世には存在しないものを作り出すのはバーチャルと言えるでしょう。

宗教のIT技術的な表現

これは少し毛色が異なりますが、興味深い現象なのでここでも紹介しておきます。

アニメやゲームでは次のような描写が少なくありません。重要人物が死んでしまうのですが、その人の記憶が実は保存されており、AIとして再構成されるというものです。これはAIという最新のIT技術を駆使しているため、極めて科学的と言えるでしょう。しかし、よくよく考えてみると変です。というのは、やっていることの本質は明らかに死者の復活だからです。

このように、本当は宗教的な要素であるのだけれど、それがIT技術であるかのように表現されることが多々あります。科学と宗教は対立すると考えられますが、逆に結びついていると考えることもできるのです。

技術は人間から生まれる

まとめます。技術はそれ自体で生まれてくるわけではありません。その背景には必ず人間の欲求があり、それを満たすために技術は開発されます。IT技術も例外ではありません。人間は古来から宗教的な欲求を持ち続けてきました。歴史上、宗教が消え失せた時代はありません。啓蒙主義が支配的になった時代でさえ宗教は存在しています。そして宗教は、必ずしも明確な形で存在するわけではありません。IT技術は人間が宗教的な生き物であることを端的に示していると言えるでしょう。