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一般人の個人ブログです

話が通じない



匿名のチャットを使って、知らない人と何人か会話していたのですが、ある傾向があるように感じられました。早い話が、タイトルの通りなのですが、話が通じない人がおり、話が通じないことによって、あるパターンが見えてきます。というか、話してきてイライラしてきたので、ただの愚痴です。

最近は「AI思考」というような呼ばれ方をされるみたいなのですが、言葉を記号的に理解しようとする人が多いんです。言葉の意味について考えることができない、というかな。辞書を調べると言葉の意味が書かれていますが、彼らにとっての「言葉を理解する」というのは、辞書に書かれている「○○とは××のこと」というこの形を暗記すること、というように認識しているようです。

それでどうなるかというと、文脈が理解できなくなるんですね。言葉は文脈によって大きく意味が変わるものなのですが、「○○は××だ」と思っているから、文脈に関係なく「○○」が出てくると「××」と考えてしまうんです。すると相手は、こちらの言いたいことに関係なく、「○○」を勝手に「××」に変換した上で、それへの反論をしようとします。だから、こっちからすると、相手は一人で喋って、一人で勝手に怒っているように思えてしまうんです。「いや、○○は××という意味ではなく、△△という意味で使ったんです」と説明しても、「○○は××としか読めない」みたいな反論になっていない反論をしてきます。つまり、自分が知っていることについてしか、考えることができないようです。

チャットというのは、文字数も限られていますし、短い時間で投稿していきますから、曖昧な言葉を使わなければならないこともあります。そういう曖昧な言葉は割と出てくるのですが、突然「何を言っているのかわからない」と言ってきます。まあ、わからないことは仕方ないですよね、それについては聞いてくれればいいんです。ですが説明しようにも「わからん、知らん」の一点張りです。しかし他の曖昧な言葉については、説明しなくても理解したわけでしょう、それは自分で補ったってことじゃないですか。知らないことに対して、そういう態度をとるというのは、「私の知らないことについて喋るな」と言っているようなものです。

たまに「あなた頭いいですね」と言われることがあるのですが(申し訳ないけども、こういう人に褒められても嬉しくない)、その意味は、「私が理解できる範囲において、また、私が同意できる(している)ことを発言したあなたは頭いい」というような意味でしょう。なんだかなぁと思うんですね。

前にも書いたんですが、言葉の概念を知らないんだろうと思うんです。普通は、概念には階層構造があるので、既に持っている概念に、まったく新しい概念を結びつけることで、知らないことについても考えることができるようになるのですが、概念を知らないのであれば、概念に結びつけることができないため、考えることができません。

考えることができないことに対して、考えることを求められるとストレスがたまりますから、別の話に切り替えようとしてきます。では、どのような話になるのかとういと、私個人の話になってくるんですね。話をしていると「もうやめた!」とか言って(これにはバリエーションがあります)話を切り上げ、「あんた何歳?」「性別は?」「付き合ったことあんの?」というような話題になります(話題といっても、聞いた後に会話が続くわけではないのですが)。中には血液型を聞いてきた人もいたのですが、申し訳ないけども、これはさすがに笑ってしまいました。

あとよくあるのは、誤字脱字についての指摘ですね。「ここ文法間違ってるけど?文法間違うなんてバカなんじゃない?」みたいになるわけです。これは炎上している記事のコメントでも比較的簡単に見つけることができますが、記号的に考えているからこそ、文法のような形式的なことしか指摘することができないのでしょう。

他にも、これはちょっと性質が違うようにも思うのですが、相手の言葉の使い方がよく分からないときに「それって、こういうことではないですか?」と確認すると、相手が「そうですね、おかしかったです」と認めてくれたのですが、すぐに同じことを言ってきたので、「それっておかしいですよね」と聞くと、「いえ、私はおかしくないです」と返してきます。さっきのは何だったの…。いや、わかるんです、「私はおかしくないです」を「私の価値観や人格はおかしくないです」というように補足してやると意味がわかります。

私は言葉に対しておかしいと言ったのですが、相手は言葉ではなくて自分自身についての評価だと思ってしまうようです。これはYouTubeのコメント欄で簡単に見つけることができますが、誰かが動画に対して批判コメントをすると、その動画を好きな人がその批判者に対して猛烈な非難をするわけです。動画の評価なのに、動画を好きな自分への評価になってしまう。つまり、自分と自分以外のものが直結しているわけです。中間について考えることができない。

他にもいろいろとあるんですが、これくらいにしておきます。もちろん、私の表現が悪いからこそ、このようなことになってしまう、というのもあるでしょう。ただ、これは私だけではなくて、多くの人が感じていることだと思います。やっぱり、何からの、傾向というか、そういうのはありますよ。

さいごに、この記事を読んだ人の中には、もしかすると、「これって、あの時話した奴じゃね?」と思った人がいるかもしれません。間違いなく人違いですので安心してください。こういう自分に関する事柄に直結してしまうのが、中間を考えることができないということなんだと思います。