「同じゲームばかりで飽きないの?」



この記事では、ゲームに対するよくある意見とそれへの反論について書いてみます。よくある意見の多くは、ゲームをデジタルゲームの意味で使用し、またゲーム性を持たない双方向動画を含めていることがほとんどなので、ここでもその意味で「ゲーム」をとらえます。

「同じゲームばかりしていて飽きないの?」

これはNHKのサラメシでプロゲーマーが取り上げられた際に話題となりました。レポーターがプロゲーマーにこの質問をし、それに対してプロゲーマーは「野球やサッカーやっている人に「飽きないのか?」って聞いているようなもの」と答えていました。まったくその通りです。

この質問の背景にはある思い込みが存在しているように思われます。それは、ゲームには複雑性がない、というものです。表面的にはゲームはボタンをポチポチ押しているだけなので、単純で、同じことの繰り返しのように見えるのでしょう。

しかし、単純で同じことの繰り返しという点では将棋も同じです。駒をパチパチと動かしているにすぎません。しかしそこにはAIを駆使しても未知の世界がどんどん出てくるほどの多様性を持っています。

同様に、ゲームにおいても複雑性があります。たとえば、格闘ゲームであれば高度な読み合いが行われていますし、シューティングであれば事前に戦略が立てられ、ゲーム中は状況を適切に判断しながら戦術を駆使しなければなりません。

おそらく、将棋には複雑性があることを知っていても、それがどういうものであるのかを理解している人は非常に少ないのではないでしょうか。なぜなら、それを理解するためには将棋を勉強しなければならないからです。それでもなお将棋が認められるのは権威があるからであり、将棋はよくわからないけど権威があるからすごいのだろう、といったところでしょう。端的にゲームには権威がないから「飽きないの?」となるのかもしれません。

「今更そんなゲームしてるの?」

新しいゲームがあるのに、なぜ古いゲームをしているのか、という意見です。これはゲームに限ったことではなく、現代特有の思考法でしょう。「昔の人なのにすごい」なんて言う人もいるようですが、どうやら、古いものよりも新しいもののほうが優れているはずだ、という価値観があるようです。

もちろん、新しいもののほうが優れていることはよくあります。特に科学では、新しい理論が生まれたら過去の理論は不要になることが珍しくありません。典型的なものではは、地動説と天動説があるでしょう。

しかし、すべてのことにこの考え方が適用できるわけではありません。古いものでも固有の良さを持つものはいくらでもあるのであり、特に伝統文化は最たるものです。新しいポップカルチャーにはその良さがありますが、だからといって昔からある伝統文化の価値が損なわれるわけではありません。

ゲームに関して言うならば、例えばポケモン。赤緑版と金銀版では金銀版のほうが新しいです。では金銀版のほうが優れているのかというと一概には言えず、出現するポケモン、覚える技、マップ、ストーリーなどは異なっているのであり、それぞれの良さがあります。また、金銀のほうがポケモンや技の数は多いのですが、だからといって優れているとは言えず、戦略と戦術に大きな影響を与えるので、場合によっては赤緑のほうがゲーム性は高いと言えるかもしれません。

新しいもののほうが良い、というのは非常にわかりやすいです。しかし、それによって大切な要素を見落としてしまう可能性は否定できません。年代というわかりやすい指標に頼るのではなく、個別に吟味することが重要ではないでしょうか。

「勝てないからクソゲー」

難易度はゲームデザインにおいて大切な要素です。そのため、どうしても勝てないほどに難しいという意見は重要な指摘になります。

しかし、対人戦においても同様に「勝てないからクソゲー」という人がいるようです。これは練習してくださいとしか言いようがありません。

野球で負けて、「相手強すぎ、勝てるわけない。野球はクソゲーだな」なんて言えば、「いやいや、野球は関係ないだろ。あんたが弱いだけだ。もっと練習しろ」などと言い返されそうですが、ゲームではまかり通るようです。

「人が少ないからクソゲー」

対人戦や協力プレイのできるゲームに非常に多い意見です。最近ではネット通信ができるゲームが多いのですが、ネットにつないでも人がおらず、「プレイできない、クソゲー」といった感じになるようです。

これに対する反論ですが、ゲームは関係ありません。これも野球で考えるとわかりやすいでしょう。「野球やりたいのに全然人が集まらない。野球はクソゲー」なんて言えば、「人を集める努力をしろよ」などと返されるでしょう。ゲームではそれがまかり通るようです。

もちろん、クソゲーと思うのは個人の自由で、それは尊重されるべきです。面白くないと感じたならばそれはそれでいいのです。しかし、ゲームとは関係のない要素を取り上げてクソゲーと思うのは残念としか言いようがありません。

「ゲームには生産性がない」

これは意味がわからないです。

あえてめちゃくちゃな反論(?)をしてみましょう。装飾性の高い食事をするよりもブロイラーを食べているほうが効率はいいですよ。

「ゲームはくだらない」

これは感想なので反論のしようがありません。くだらないというのは立派な感想で、それ自体は尊重されるべきです。

しかし、私個人の感想を言えば、ゲームにも豊かな複雑性と多様性があるのであり、「ゲームはくだらない」の一言で全否定してしまうのは、残念だなぁと思います。