ゲームは本当にくだらないのか?そもそもゲームとは何か



ゲームはくだらないと言われることは珍しいことではありません。しかし、本当にゲームはくだらないのでしょうか。軽く扱われがちなゲームについて真剣に考えてみたいと思います。

そもそもゲームとは?

ゲームと聞いてニンテンドースイッチやPS4、あるいはファミコンなどを連想する人は多いでしょう。しかし、これらはビデオゲームであって、ゲームのすべてではありません。将棋やチェスなどもゲームですし、野球やサッカーなどもゲームです。このように、ゲームは極めて多様であることがわかります。

それでは、ゲームとは一体何なのでしょうか?ゲームを定義するのは非常に難しいのですが、本質的なところでは、勝敗を争う遊びといったところでしょう。とりあえず、ビデオゲームは置いておいて、将棋やサッカーなどで考えてみます。すると、以下の3つの要素が得られます。(ここにルールを入れてもいいのですが、ゲームとは何かを考えるうえでそれほど参考にならないと思うので入れないことにします)

対戦相手

将棋やサッカーには必ず複数のプレイヤーが存在します。プレイヤーは、将棋のように個人であったり、サッカーのようにチームであったりします。しかし、2つ以上の存在が対戦することに変わりはありません。

勝敗

将棋やサッカーなどには必ず勝ち負けがあります。例えば、将棋では、基本的には相手の王を取れば勝ちです。サッカーでは、相手のゴールにボールを入れたら得点で、最終的に得点の高い方が勝ちです。

戦略と戦術

基本的に、ゲームでは自ら負けに行くことはしません。ゲームの参加者は勝つことを目的とします。お互いのプレイヤーが1つの勝利を目指すため、勝つための工夫、つまり戦略と戦術が生まれます。

大半のいわゆる「ビデオゲーム」はゲームではない

以上の3つがゲームに最低限必要な要素とするならば、大半のいわゆる「ビデオゲーム」はゲームではないことがわかります。

例えば、ドラクエのようなRPGでは、主人公の前にモンスターが出現します。このモンスターは主人公に襲い掛かってくるため、主人公は戦わなくてはなりません。しかし、よくよく考えてみれば、モンスターは自らの意志で主人公に勝とうとしているのではなく、プログラマーが設計したとおりに動いているだけです。

あるいは、プレイヤーとプログラマーの勝負と考えることができるかもしれません。しかし、そうであるならば、プログラマーは確実にプレイヤーに勝利することができるはずです。なぜなら、レベル1のプレイヤーに対して、いきなり最強のモンスターを戦わせるようなプログラムを組めるからです。結局のところ、プログラマーは、プレイヤーが気持ちく勝利できるように制作しているにすぎません。

これはRPGに限ったことではないです。マリオでも、最初にクリボーが登場しますが、クリボーが意志を持ってプレイヤーが操作するマリオをやっつけようとしているわけではありません。

このように考えると、一般的に「ゲーム(ビデオゲーム)」と呼ばれているもの大部分はゲームの要素を持たないことがわかります。つまり、ゲームではないということです。以下、一般的には「ゲーム」と呼ばれているがゲーム性(ここでは、上記3つのゲームに必要な要素を持っている程度の意味)を持たないものを、双方向動画と呼びたいと思います。

ゲーム性があるものはある

とはいっても、ゲーム機で遊べる全てのものにゲーム性がないことはありません。しっかりとゲーム性を持ったものもあります。典型的なのは、CPU対戦ではない、対人戦の格闘ものでしょう。

格闘ものは、傍から見ればただの殴り合いにも見えますが、実は尋常ではない読み合いが行われています。一般的な格闘ものでは、攻撃・ガード・投げの3つの基本的な動作があります。攻撃はガードに弱く、ガードは投げに弱く、投げは攻撃に弱い、というようになっています。そのため、勝利するためには、相手の動きを見て次の動作を読み、それに適した行動をとらなければなりません。これは立派な戦術です。ちなみに、一般的な格闘ものは、相手のHPゲージを0にすれば勝利です。

以上のことから、格闘ものは、ゲームに必要な要素を満たしているといえます。もちろん、格闘もの以外にも、レースやシューティングなど、ゲーム性を持ったものは存在します(これらのジャンルであっても、ゲーム性のないものもあります。ジャンルはゲームであるかどうかのものさしにはならず、作品を個別に吟味しなければなりません)

双方向動画が「ゲーム」と呼ばれる理由

 一般的には、ゲーム性の有無に関係なく、ゲーム機で遊べるものはすべて「ゲーム」と呼ばれます。なぜでしょうか?

答えは非常に簡単です。ゲーム機で遊ぶからです。ソフトを再生するための機械は一般的に「ゲーム機」と呼ばれます。SwitchもDSもファミコンもすべてゲーム機です。なので、そこで再生されるものは「ゲーム」なのです。

しっかりとゲーム性のあるものとゲーム性のない双方向動画の共通点はゲーム機で再生できることだけです。それ以外は何の共通性もありません。そもそも、同じものという認識が間違っているのです。

例えば、スマホでメールやカメラなどを使うことができますが、だからといって、メールやカメラをスマホを呼ぶことはしません。一般的には、スマホでメールやカメラをすると考えます。ゲーム機も同じで、ゲーム機でゲームをすることもできれば、マリオやドラクエをすることもできるのです。しかし、ゲーム機の場合は、再生できるものはすべて「ゲーム」と認識されてしまうようです。

eスポーツという考え方

日本ではまだまだ知名度が低いですが、徐々にeスポーツという言葉が使われるようになってきました。eスポーツという言葉を聞いた人の中には、「ゲームはスポーツじゃない」という反論をする人もいるようです。

eスポーツとはなにか

それでは、eスポーツとは一体なんのことなのでしょうか。一言で言えば、ゲーム機で再生できるゲーム性を持った作品です。eスポーツは、一般的に「ゲーム(ビデオゲーム)」と呼ばれているもの(例えばマリオやドラクエなど)すべてを対象にしているのではありません。あくまでも、ゲーム性を持つものを対象にしています。

eスポーツの代表的な例としては、ストリートファイターや鉄拳、League of Legendsなど、ゲームの3つの要素を持ったものばかりです。また、RTA(ゲームのクリア時間を競うもの)はeスポーツとして認められないことが多いです。なぜなら、戦略と戦術の要素がないからです。これは、徒競走がゲームでないのと同じです。自分の行動がほかのプレイヤーに影響を与えることはありません。

ゲームとeスポーツの違い

ゲームとeスポーツの違いを気にする人は少なくないようです。しかし、両者は基本的には同じです。eスポーツはゲームの1つです。ボールを使ったゲーム(サッカーや野球など)、ボードゲーム(将棋やチェスなど)、カードゲームなど、ゲームにもさまざまな種類がありますが、eスポーツもその1つであるわけです。

「eスポーツ」は必要か?

よくよく考えてみると、eスポーツという用語は意味がわかりません。eスポーツはゲーム機で再生できるゲーム性のある作品であるわけですが、それは、本来の意味のビデオゲームと同義だからです。それならば、わざわざeスポーツなんて呼ばなくても、ビデオゲームでいいではないかと思えてきます。しかし、ビデオゲームと言ったとき、多くの人はマリオやドラクエなどを連想するでしょう。繰り返しになりますが、これらはゲームではないのです。

ゲーム機で再生できるというカテゴリにおいて、ゲーム性の有無をはっきりとさせようとするならば、どうしても「ビデオゲーム」以外の呼び方が必要になります。それが「eスポーツ」でなければならないのかは謎ですが。

余計なことをいうと、「eスポーツ」という名称は不適当だと思われます。スポーツは必ずしも戦略・戦術を必要としません。これは陸上種目がわかりやすいでしょう。しかし、eスポーツは戦略・戦術を必要としないRTAを認めていません。「eスポーツ」という概念を考えると、名称としては「eゲーム」が適当ではないかと個人的には思います。「ゲーム」という言葉を使いたくないのは、前提として一般的にゲームは劣ったものあるという印象があり、それを克服したいという考えがあるからなのでしょう。

ゲームはくだらないのか?

「ゲームはくだらない」という考えは主観的なものであり、そういう人がいること自体は別に問題でもなんでもありません。「あなたはそう考えているのですね」で終わることです。しかし、ゲームが好きな私としては、面白い世界があるのに、誤ったゲーム概念によって本当のゲームに目が向かないのはもったいないなぁと感じます。

ちなみに、ゲームはそもそも万人受けするものではありません。なぜなら、突き詰めて言えば、ゲームは考える遊びだからです。基本的にゲームは単純です。例えば、将棋はコマを動かすだけです(多くの人はこれだけで退屈するでしょう)。しかし、そこには、無限の複雑性があり、プレイヤーに未知の世界を示してくれます。

この複雑性を楽しむには、それなりの勉強と訓練が必要です。しかし、深く考えることに喜びを見出す人はそれほど多くはありません。できることならば難しいことは考えたくない、そういう人は多いのではないでしょうか。

双方向動画が生まれるのは、考えたくない人がゲームをしようとするからです。ゲームの大衆化と言っていいかもしれません。企業は商品を売らなければ生き残れないため、少数の考えたい人だけでなく、多くの考えたくない人に合った商品を作る必要があります。タップするだけのスマホゲーム(もちろん、大部分はゲーム性がなく、ゲームではありません)の流行は良い例でしょう。ちなみに、中毒性というのは考えないことから生まれます。スマホゲームとパチンコは類似点が多いです。

そういう意味では、ぜひともゲームの本質を知ってもらいたいところです。ゲームは考える遊びであり、ボールやボードやゲーム機など、どのような形式を使うかは関係ありません。傾向として、確かに、ゲーム機を使ったものはゲームでないこと多いです。しかし、形式だけを見てその中身を判断することはできません。形式だけで判断して、本当にゲームと呼べるものが切り捨てられるのは残念です。

その他、ゲームについて言いたいこと

解説者は戦略・戦術を解説すべき

特にサッカーはひどいです。なぜ戦略と戦術の解説をしないのでしょうか。私が思うに、サッカーほど論理的なスポーツはありません。わーわー言ってるだけの実況はみっともないし、選手へのインタビューは感想を聞くだけになっていますが、何をしたいのかがわかりません。

ゲーム観戦はおかしくない

YouTubeなどの動画サイトが発達したことなどから、「ゲームは遊ぶものであって、見るものではない。見てるだけでおもしろいの?」という意見が出てくることになりました。ここでの「ゲーム」はいわゆる「ビデオゲーム」(双方向動画を含めた)のことなのでしょう。

的外れもいいところで、サッカー観戦をしている人に対し「ボール蹴らないで面白いの?」と言っているようなものです。ゲームは考える遊びです。もちろん、実際に参加しているほうが楽しいですが、見ているだけでもプレイヤーの思考を追えるのであり、それはそれで楽しいのです。繰り返しになりますが、だからこそ解説者は戦略・戦術の解説をしなければならないのです。

(しかし、ここに問題がないわけではありません。動画を見る人の大部分は、プロのプレイ動画ではなく、素人のものを見ています。これは、実はゲームは関係なく、プレイヤーと友達感覚になることに意味を見出しているようです。本来、あっち側であったものが、こっち側に移行しているようで、ここには現代人の考え方が反映されているはずです)

ゲームに賞金は出すべきでない

ゲームは遊びです。そこに賞金が発生するのであれば、ゲームは遊びではなくなってしまいます。eスポーツでは賞金の話がよく話題になりますが、論外です。あと、オリンピックでも、組織によってはメダル獲得者に賞金が出るようですが、あれもよくないと私は思います。

ゲーム参加者は真剣に遊ぶべき

くどいですが、ゲームは遊びです。オリンピックなどの世界的な大会では、負けてしまった選手が「日本の人に申し訳ない」と言っているのを見かけることがあります。しかし、そんなことは気にするべきではありません。そんなことはどうでもいいから、せっかく最高の舞台に行けたのだから、それを楽しまなければもったいない。本来、ゲームは負けても楽しいのです。