なぜデジタルゲームは暴力的になるのか



デジタルゲームの定義

この記事ではデジタルゲームをかなり狭い意味で使っています。

まずゲームの定義は、「ゲーム - Wikipedia」で紹介されているクロフォードの議論の要約を使います。つまり、

遊ぶアクティブなエージェントとの、互いに干渉できるインタラクティブでゴール指向の活動

そして、デジタルゲームは、ゲーム機で再生できるゲームです。

この記事でいうところのデジタルゲームは、最近話題のeスポーツと概ね一致するはずです。ファイナルファンタジーやスーパーマリオなどは含みません(干渉しないので)。

デジタルゲームには暴力的なものが多い

デジタルゲームは3つに分類できます。戦闘、ボードゲーム(テーブルゲーム)、スポーツです。

デジタルゲームにおけるボードゲームやスポーツにも独自性があるのですが、ボードゲームやスポーツといった実際にできるものをわざわざデジタルゲームとしてやる必要はないと考える人は少なくないようです。そこでボードゲームとスポーツをデジタルゲームから排除すると、結果的に戦闘しか残りません。そのため、デジタルゲームには戦闘が多いように見えてしまいます。

第18回アジア大会では「ウイニングイレブン2018」「クラッシュ・ロワイヤル」「ハースストーン」「リーグ・オブ・レジェンド」「Arena of Valor」「StarCraft II:Legacy of the Void」の6タイトルが採用(オリンピックとFPSのような暴力的なゲームは価値観が相いれないとIOC会長が発言 - GIGAZINE

第18回アジア大会で採用されたものでは、ウイニングイレブン2018を除けばすべて戦闘の要素を持ちます(カードゲームもあるのですが暴力的なエフェクトはどうしても入ってしまいます。ちなみにこの記事ではカードゲームはボードゲームに含まれると考えています)。

IOC会長バッハはeスポーツの正式種目化を検討していたものの、

人を殺すようなゲームは、オリンピックの価値観にはそぐわない(同上)

と言っています。ここでの「ゲーム」はおそらくデジタルゲームのことでしょう。

やはり、デジタルゲームの特殊性といったところを考えると、ボードゲームやスポーツよりも、戦闘が注目されるようです。

なぜデジタルゲームは戦闘になるのか

本来、ゲームは何らかの形で戦闘の要素を含みます。例えばボードゲームの王様ともいえる将棋やチェスは戦争のシミュレーションです。しかし、そこに暴力的な表現はありません。

またスポーツに関してもバッハが

あらゆるバトルスポーツは人間の戦いに起源がありますが、スポーツはそれを『文明的』に表現したものです(同上)

と言っている通りで、戦闘の要素は含まれるものの、直接的な暴力表現はありません。

ボードゲームやスポーツは戦闘の面白さ、つまり戦略と戦術を取り出して抽象化しているので、暴力的な表現を使う必要がありません。そもそもゲーム性にビジュアルは関係ないのです(デジタルゲームの画質向上に伴って「面白くない」と感じる人がいるのですが、ある意味では正しいです。ゲーム性において映像は本質ではないがために、たとえ高いゲーム性があっても映像によって薄れてしまいます)。

一方、デジタルゲームは、その特殊性として画面が存在します。映像として表現せざるを得ません。ボードゲームやスポーツにはないものをやろうとするならば、ボードゲームやスポーツで抽象化していた部分を具体的にするしかなく、結果的にゲームが本来持つ戦闘の要素を詳細に表現することになる、つまり直接的な暴力表現を伴った戦闘になる、というわけです。