文系大学院入試で落ちる人はいないってホント?


大学院への入学を志望する人が増えたことで、大学院に関するいろいろなうわさが出てくることになりました。その中でも有名なのが「文系は大学院に落ちることはない」というものです。はたしてこれは正しいのでしょうか?

文系でも落ちる

結論から言うとウソです。私は文系の大学院入試に落ちました(再受験して合格しました)。また、大学院の入試情報などから過去の合格率などを見ることができるはずですが、落ちている人がいることを簡単に確認できるでしょう。

ではなぜ「文系の大学院は落ちない」という噂が出てくるのでしょうか。これは倍率が低いことが考えられます。一般的に、文系大学院を出ると就職がないとよく言われます。そのため、別に研究者を目指していないのであれば、わざわざ院に行かなくても、学部からそのまま就職している方が良い、ということになるのでしょう。もっと言えば、「文系の大学院ってなにをするところなの?」と思っている人も少なくないはずです。そんなこともあって定員割れしている大学院が多く、ゆえに受験すれば受かるという考えになるのだろうと思われます。

しかし、たとえ定員割れしていたとしても、大学院では合格の最低基準が設けられていることが多く、これに達していなければ落ちます。なぜなら、指導のしようがないからです。ちなみに、定員よりも多い志願者がいた場合は、最低基準を超えた人の中から評価の高い順に合格になります。

なぜ私は落ちたのか

繰り返しになりますが、私が大学院に一度落ちています。なぜ落ちてしまったのか、その理由を簡単に考えてみました。

専攻する分野の理解が浅かった

私は学部での専攻と違う研究科を志望しました(大学も異なります)。そのため、専攻に関連がまったくないわけではなかったのですが、ほぼ一から勉強する必要がありました。この勉強が十分でなかったのだと思います。

なぜ勉強ができなかったのかというと、ほとんど言い訳のようになってしまいますが、既に大学を卒業していて働きながらの勉強だったことと、出身大学の図書館を使わせてもらっていたのですが、ここに大学院で先行する分野の書籍が少なかったこと(使わせてもらっておいて失礼な話ですが…)があると思います。

やはり新しい分野に挑戦するときは、基本的な教科書に当たるのが大切ですね。本当に初歩的なことですが、読むべき本がわからないのは暗闇の中を歩くようなものです。出身大学の図書館に書籍がないので、Googleスカラーを使って論文を検索していたのですが、論文だとまとまっているわけではないですし、また前提となる知識がないので理解できないこともよくありました。あまり関係ありませんが、他の社会人の方はどうやって勉強されていたのか気になります。

私の中では学部と別の大学院に行くことには意義があるのですけども、受験当時は少し意識が弱かったと今は反省しています。

研究計画書が抽象的だった

不合格になってしまったときの研究計画書を読み返してみると、何を書いているのか非常にわかりにくいと感じました。自分の中ではしっかりと問いを持っていたのですけども、研究計画書の中で表現できていなかったようです。面接は本当に酷かったのですが、研究内容について一切質問がありませんでした。理解できない内容だったのでしょう。

ちなみに、再受験して合格したときの研究計画書でも、表現は変えましたが、問い自体は変えていません。このときの面接では研究内容について質問されたので、伝わったのだろうと思います。

研究計画書を誰かに読んでもらえばこんなことにはならなかったと思います。もちろん、指導を希望する先生には会っていますし、どういう研究をしたいのかも伝えていたのですが、研究計画書そのものを見せたわけではありませんでした。なんというか、研究計画書を誰かに見せるのは恥ずかしいというか申し訳ないというかそういう感情が出てくるのですけども、そんな変なことは考えない方が良いかもしれません。むしろボコボコに批判されたほうが修正すべき点が見えてくるので綺麗な研究計画書を書けるようになるでしょう。

文系大学院の合格は難しいものではない

さいごに、不合格と合格の両方を経験したからこそ言えるのかもしれませんが、一般的に「文系大学院に落ちることはない」と言われることにはそれなりの真実性があるようにも思います。というのは、入試では別にそれほど高度なことを問われているわけではないからです。

繰り返しになりますが、事実として定員割れしている大学院は多く、最低基準を超えれば合格はできるのです。基礎さえしっかりと固めていれば落ちることはないでしょう。逆に言えば、落ちたということは基礎ができていないということであり、これは努力不足と言われても仕方がない気もします。

「適切な努力をしていれば」という条件を付け加えるならば、「文系大学院に落ちることはない」は正しいのではないか、と私は思いました。