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個人がブログを書く意義ってなんだろう?


このブログはまだそれほどなのですが、他のブログも含めると、もう5年近く続けていることになります。ふと、ブログを書く意義って何だんだろうと思ったので、少し考えてみたいと思います。

情報がほしいなら然るべきところへ

ブログでは何かしらの情報を書くことになります。このブログでもいろいろな情報を書いています。しかしながら、私自身、何か情報を得たいと考えた際に、個人ブログを参照することは基本的にありません。なぜなら、個人ブログで扱われている情報が正しいのかを判断することができないからです。そして、たいていの場合は、情報が断片的であったり、極めて主観的であったりします。

そういうわけで、情報がほしいときには、まず図書館を利用します。最近はパソコンを使って簡単に本を検索できますし、それに司書の方も丁寧に教えてくださいます。あまりにも専門性が高い事柄については専門家に直接聞くようにしています。たとえば体が不調であるときなら、ネットで調べるよりも医者に診断してもらうほうが確実でしょう。

もちろん、専門家に会おうと思ったら専門家をまずは見つける必要があるので、そのためにネット検索を利用することはあります。その際、専門家のブログがヒットし、そこが入り口となることも珍しくありません。その意味で、「専門家」としての地位が確立している場合にはブログにも意味があると思います。あるいは事業を紹介するためのブログにも意義はあるでしょう。

しかし、私が気になっているのは、専門家でも事業者でもない一個人がブログを書く意義についてです。「まとも」な情報を提供できるわけでもない一個人が、なぜブログを書くのでしょうか(情報を提供できるにしても然るべき場で発表すべきだと思います)。そこに何か意味はあるのでしょうか。

よく言われる個人ブログの意義

やはり同じような疑問を抱く人はいるようです。ですが、個人的にはあまり納得できるものではありません。一応、よく言われる意義と、それへの反論をざっくりと書いておきます。

アウトプットのため

インプットだけでは知識が身につかないから、ブログを使ってアウトプットをするというものです。

たしかにアウトプットは大事だと私も思います。やはりインプットだけでは使える知識にはなりません。とはいえ、アウトプットをブログで行う必要はあるのでしょうか。別にWordなどを使って個人的にアウトプットをすることもできるはずです。ブログサービスの方が使いやすいのであれば、非公開設定にすればいいでしょう。なぜ、わざわざ公開する必要はあるのでしょうか?

そして、少し意地悪かもしれませんけども、アウトプットをするためにはインプットを前提するわけですが、ではそのインプットはどこから行ったのでしょうか。おそらくは本であろうと思われます。私からすれば、そのアウトプットされた情報は劣化版であるように思われるのです。知識を身につけるため、言い換えれば練習のためのアウトプットですよね。なので、正確な情報を得ようとする者からすれば、やはり直接本に当たっている方がいいように感じます。

公開されたブログ記事は誰かの役に立つはず

これはそのままですね。ブログを公開し、それが誰かに読まれたら、その人の役に立つかもしれないということです。

これについては一時期私もそう思っていました。しかし、本当に役に立っているのかちょっと疑問に感じるところもあります。まず、繰り返しになるのですが、そのブログに書かれている情報が正しいのかを判断するのが難しいことです。ブログを書いている本人としては善意で頑張っているのかもしれませんけども、読者からすればまったく関係ありません。もちろん、情報の正確性というのは本でも確認するのが難しいです。しかし、著者が明記されていることや、引用や文献などがあることから、ブログよりかは評価しやすいと思われます。

そして、偉い人っているんだなぁとか、人間ってすげぇなぁとか、いろいろ思うんですけども、やっぱり既に書いてくれている人がいます。やはり人間誰しも同じようなことで悩みます。人類がまったく直面したこともないような問題に突き当たるのは、研究者とかよほど偉い人でもない限りありません。先人の知恵を借りればいいと思います。

承認欲求のため

ブログのPVが増えると嬉しいというものです。たいていの場合、多くの人に読んでもらえたということはそれだけ役に立ったということであり、それが承認欲求へとつながっていくと考えるようです。

これはちょっとよくわからないのですが、PVが上がれば役に立ったと言えるのですかね?別にアクセスがあったというだけであって、「くだらねぇな」とつぶやきながらバックスペースを押されているかもしれません。そもそもクリックしないと記事の内容もわからないわけで。

個人がブログを書く意義

他にも、よく言われるブログを書く意義というのはあるのですが、とりあえずここまでにしておきます。これを踏まえた上で、私なりのブログを書く意義についてまとめておきます。

やはり、私は、個人ブログは誰かの役に立つようなものではないと考えます。中にはブログが役に立ったと感じた人もいるでしょうけども、私としては一旦吟味してみた方がいいのではないかと感じます。

誰かの役に立たないとするならば、ブログを書く意義は自分のためにあると思います。その意味で「承認欲求のため」に近いかもしれません。つまり、自分の書きたいことを書ければ気分が良いよね、程度のものです。言い換えれば、遊びといったところでしょう。

そして、書きたいことを書くことにおいて、公開されていることは重要です。なぜなら、非公開であれば誰にも読まれないわけですが、公開されていれば読まれる可能性が常にあるからです。これは友達に愚痴を言っているのに似ていると思います。友達が自分の愚痴に対してうなずいてくれれば嬉しいですが、本当に友達が話を聞いているのかは正直なところそれほど重要ではありません。誰かに向かって言えることに意味があるのです。

同様に、ブログにおいても、公開されていれば、実際に読者が真剣に読んでいなくても、自身としてはそれなりに「気分が良い」わけです。ついでに言うならば、それに対してコメントなど、何かしらの反応があればなお良い、という感じでしょう。

配慮は必要

しかし、そうは言っても、公開するわけですから、申し訳ないという気はします。なので、何かしらの配慮は必要になるでしょう。私としては、役に立たない個人ブログはそれを何からの形で表明すべきだと思います。たとえば、デザインとして明らかに個人ブログであることがわかるとか、タイトルや説明文に個人ブログであることがわかる言葉が入っているとか、そういうのです。これができていればまともに情報を探している人はすぐに離脱するでしょうし、物好きな人だけが読めばそれでいいと思います。さすがに、表現の自由はありますからブログを書くこと自体を否定される筋合いはないと思うのですが、でも役に立たないことを公にやっているのですから、役に立たないことを表明しておくことくらいはやっておいてもいいのかなと思うのです。