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日本人は自己の有限性を自覚していない?

人間の有限性

今ちょっと本を整理していたら阿満利麿さんの『日本人はなぜ無宗教なのか』が出てきて、懐かしいなぁと思っていたのですが、ふと表紙を見てみるとなかなか面白いことが書いてありました。

私は、宗教とは、人間がその有限性に目覚めたときに活動を開始する、人間にとってもっとも基本的な営みだと理解している。このような大切な営みに対して、日本人が長年にわたって「無宗教」の一言ですましてきたということは、尋常なことではない。必ずや深い理由があるのだ。

人間は有限であるという自覚があるからこそ宗教を信じるわけですが、日本人の大部分は無宗教であると言います。これは言い返せば、日本人の大部分は自分が有限であることに無自覚である、ということでもあると思います。いやまあこの文章だけでは色々な解釈ができてしまうんですけども。中身はあまり覚えていないんですが、無宗教というのは創唱宗教ではない、特定の名前を持たない自然宗教を大切にしている、ということだったと思います。

しかし自分の有限性と現実が持つ無限の複雑さを理解していない人は現代には多い気がします。主観と客観がごちゃごちゃになっている人とか、主観を認識できていない人とか、現実と虚構の区別がついていない人とか。最近では大衆性の高い人が増えていることが問題になっていて、学術論文にもなっているほどですが、どうもこの辺は無関係ではないように思えてなりません。

宗教だけでなく、学術や芸術などにも関心のない人は多いですけども、こういったことに関心を持たずに生きていけるというのは、私にはどういう構造を持っているのかがよく分かりません。

おそらく従来、宗教や学術、芸術が担っていたところを今ではサブカルチャーとかそういうのが担うようになっているのだろうとは想像しますが、やっぱり大衆性というのは無視できないですよね。