ライターに休みはないんやね

仕事と休みの境界がない

私がやっているのが一般的な意味での「ライター」と呼べるのかどうか分からないのですが、ここではとりあえず文字を書いてお金を得る程度の意味で使います。

私は一応はライターなんですが、ここ最近大学院に進学したいと考えていて、お金を貯めるために仕事の割合が増えてきています(これからどうしていくか)。前なんかは普通に一か月間サボってましたからね(1か月仕事を休んでみて思ったこと)。

それで毎日カタカタとキーボードをたたいて文章をせっせと量産しているんですけども、だんだんと仕事と休み(休憩?)の境界が曖昧になってくるのを感じました。最終的な納品物は文章になるため、書かないとお金にはならないんですけども、でも書くの前提には知識があるのであって、その知識を得るために読まなければならないわけです。もともと私は読むのは好きですから、それはいいんですけども、ただ、好きなんだから読むことも楽だろう、とはならなくて、案件に対して知識をどう生かしていくのかというのを考えないといけませんから、それなりの苦痛も伴います。そうなってくると仕事なのか休みなのかが分からなくなってくるんですね。

取材のある人だったら仕事と休みの境界を明確に区別することができるかもしれませんが、私の場合は取材なんかほとんどなく、強いて言うならば図書館に行って資料をあさったり、お寺や神社に行くくらいのものです。図書館なんかこの仕事を始める前からしょっちゅう行ってますし、お寺とか神社とかそういうのも日頃から散歩してますから、これも仕事なのか休みなのかがよく分かりません。繰り返しになりますけども、書くために考えないといけませんから、ここでもゆっくりできるわけではありません。

まあ、これから大学院に行って本格的に研究をするとなれば、ましてや研究者を目指すのであれば(研究を本業にしたいわけでもないんですけども)、読んで考えて書いて、というのを常に繰り返さないといけません。私の場合、頭もよくありませんから、効率を意識するにしても努力という部分で補う必要がありますし、今後こういう生活が続くのだろうという気がしています。仕事というよりもライフワークのようなものとして認識した方が良いのかもしれませんね、荷が重いな…。

他のライターよりかマシ?

ただ、1点だけマシと思えるところがあって、私の場合は宗教文化に関することが多いんですが、ここにはそれほど流行というのがないんですね。例えば、有名なお寺というのは昔からずっとあって、その伝統というのを現代にまで受け継いでいます。街中で何かが流行したからといって、今までの伝統を変えるようなことはありません。つまり、一度知識を得てしまえば、それを使いまわすことができます。

ITとか金融とか美容とかのジャンルだと、やっぱり流行があるわけです。そうすると、今まで通用していたことが、今後一切通用しなくなる可能性がある、またそのサイクルがどんどん加速しているという現実があります。これはなかなか大変なことだと思います。

これは聞いた話なのでしっかりとは知らないのですが、例えばOSのWindowsがありますけども、これはバージョンごとにプロフェッショナル的な資格みたいなのがあるそうです。XPにはXPの資格が、VistaにはVistaの資格が、7には7、…と続くんですけども、XPの資格を得てXPで頑張っていこうと思った時にはVistaが出ているわけで、使い物にならないっていう。それで何者にもなれず、パソコンの販売員をしているとか何とか聞きました。そういう意味では、他の分野のライターと比較すると、楽なのかもしれません。

しかしよくよく考えてみると一概には言えないんですね。なぜなら流行のある分野の方が案件が多く、また単価も高いためお金になりやすいんです。逆に宗教文化とか、あと芸術文化とかもそうだと思いますが、お金にはなりにくいんですよね。

それに何だかんだいって、記事というコンテンツの大半は広告なんです。分野は異なるんですけども、アニメは典型的ですね。一般的にはアニメはコンテンツで、その間に入る広告で利益を出すと考えられていると思います。アニメの広告では玩具が多いと思いますけども。実は順序が逆で、玩具メーカーが最初に玩具の企画を出して、それに合わせてアニメを制作しています。早い話が、アニメは玩具の広告なんです(最近ではアイドル声優の広告になってますね)。そしてライティングのような、記事に関しても全く同じことが行われています。

手っ取り早くお金になるのは、金融、就職、美容、健康、IT、おそらくこのあたりだろうと思いますが、この辺はやっぱり案件が多く、単価も高いです。そしてこの辺の分野に関する記事の多くは広告です。webライティングに関しては9割方が広告です。また、これを一般にも広げた形がアフィリエイトですね。それから紙媒体に関しても広告記事が多いです。

別に広告が悪いと言いたいわけではありませんが、異常なところがあるように感じられます。宗教を勉強していてこんなことを言うと怒られるかもしれませんが、広告は宗教以上に宗教的であり、独特の気持ち悪さを感じます(もちろん宗教が気持ち悪いと言っているのではありません)。

めちゃくちゃ話がそれました。宗教文化は流行がないので書きやすいと言えば書きやすいんです。案件も少なく、単価もそれほど高いわけではありませんが、私は稼ぎたいわけではありませんので、それで納得できています。ただ、案件が少ない分、ライバルとの競争には勝たないといけませんから、この辺は厄介ですね。結局のところ、どれだけの知識があるのか、どれだけの実績があるのか、ということになってきますから、読んで書きまくるしかありません。やっぱり大変だぁ…。

それから、また話がそれますけども、他人に書いてと言われて書くのではなくて、自分の書きたいことを書きたいですね。そういう意味で、前にも書いたように作家のような感じになりたいです。まあ、自分で作家を名乗るはイヤなんですけども。

1日のスケジュールはどうすべきなのか

以前は1か月サボって、しかも大半はボーっとしているだけ、朝起きたら11時50分でもはや昼、みたいな生活をしていました。かなり堕落していてな、と思います。

改めてキチンと勉強して働かないといけないな、と感じているのですが、そうなると1日のスケジュールってどうすべきなのかな、と疑問を抱くようになりました。

一番の問題は、夜に書くじゃないですか、寝られないんですよ。頭が興奮しているのか何か知りませんが、夜に書いてしまうとなかなか寝付けないんですね。それで、これは私の頭がおかしいのかな、と思っていたら、意外とそういう人は多いみたいです。締め切りが近いと夜に書かざるを得ないことも多いみたいなんですが。じゃあどうするかというと、そういうのに頼らざるを得ないわけですね。1日2日程度なら大丈夫でしょうけども、続くと体を壊します。それで倒れている人はいっぱいいますからね。あと、お金も使います。こうなってしまうとマズいわけです。そうなると、やっぱりスケジュールを組んだ方がいいってことになるんです。

ライターは書くだけではダメで、しっかりと勉強する時間も必要になります。私の場合、勉強というのは読むのが基本になるので、書く時間と読む時間のバランスというのが問題になります。夜に書くのはダメなので、夜は読むに徹する。朝は頭が働かなくて書けたものじゃないから、朝はコーヒーでも飲みながら読む。午前10時くらいから晩御飯くらいまでは書く、という感じでしょうか、大雑把に考えると。

でもなぁ、みんなどうしてるんですかね、書くのってある程度まとまった時間が必要ですし、区切るのも難しいんですよね。中途半端に時間が余ったりすることが多いんですよ。書くのには短すぎるし、読むにしては長すぎる、というか。勉強に長いもクソないんですけども、稼がないといけませんし、そう考えると読む時間がもったいないように思えてくるんですよね。それで書いてしまうと夜に食い込んで寝られなくなるし。なんだかなぁ。あと記事修正の連絡が来ることもありますから、それも考えないといけませよね。どうすればいいんですかね、困ったなぁ。

ここでもライフワーク的に考えるのがいいのかもしれません。書けるときに書く、読めるときに読む、みたいな。大学教授のような人の話を聞いていると、ご飯を食べたりとか、トイレに行ったりとか、寝たりするのが面倒くさい、っていう人もいますからね。夜に大学行くと面白いんですが、やっぱり研究室の電気はついているんですよ。「残業100時間で~」と言って炎上した大学教授がいましたが、確かに一般的には時代錯誤ですけども、そういう仕事をしていくならば、それくらいの覚悟は必要なのかもしれません。