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トラブルに関するニュースでよく思うこと

成人式なのに振袖が届いていなくて(会社が当日破産したらしい)参加することができなかった人がいたそうで、非常に残念なことだと思います。そして、こういったトラブルに関するニュースを見てよく感じることがあるのでそれについて簡単に。

「なぜこんなことに?」

被害者やその関係者へのインタビューはよくありますけども、その際に「なぜこんなことになったしまったんだろう」みたいに発言する人が多いです(テレビがそれを求めているというのもあるのでしょうけども)。

これを聞くといつも感じてしまうのですが、やっぱり現実を見れていない人は多いんだな、と。そりゃ現実を直視できる人間なんかいませんよ。なのでそう発言する気持ちはわからないでもないです。

でもなんかモヤモヤするところもあるんですよね。特に子供がいる場合です。今回のだって、これを発言した人は60代の親御さんだったのですが、自分の子供がそういう可能性を持った現実にいるということを考えていないと思うんですよ。

親は子供に対して説明する義務があるように私は思います。たとえそれが宗教的なものや個人的な哲学でも何でもいいのですが、子供が納得するかどうかは関係なく、親はその信念を説明しなければならないと思うんです。だからそういう意味で現実を知らない親は、私は嫌いです。

正直なところ、私は大半の人間は現実を知らないんじゃないかと思っています、怒られそうですけどもね。だからこそ多くの人は、宗教は気持ちの悪いものであり、学術は自分には関係のないものであり、芸術はよく分からないものと考えるのだと思うんです。

いや、彼らにもそれらがないわけではありません。ただその在り方がどうもおかしいんです。本来のそれらは現実と格闘し、また和解するためにあるのに対し、彼らの場合は現実を見ないために存在しています。この態度は侮辱しているようなものですよ。

「どうしてくれるの?」

これに関しても気持ちはわからないのではないのですが、しかし今回もそうですけども、取り返しのつかないことに対して「どうしてくれるの?」と言っても何にもならないと思うんです。

被害者はもちろん苦しいですし、加害者もどうにも対応できない苦しみがありますし、どっちにとっても良くありません。それだったら被害者としては「どうしようもないけども最低限の誠意は見せろ、これだけは支払え」くらいのことを言った方が、被害者にも多少の(表現が難しいですけども)得るものはありますし、加害者も何とかできる余地があります。

なんだろうな、「どうしてくれるの?」と言っているだけでは、どことなく空気で裁いているように思えるんです。川島武宜さんが言っていますが、日本人は権利や義務というのを明確にするのを嫌うようです。昔はそれで上手くいっていたのかもしれませんが、これだけ複雑多様な社会になっているのですから、法は必要です(ていうか法治国家なんですけど)。裁判や判例というのは財産だと私は思いますね。

(今回はどうなんですかね?逃げたみたいですけども)

さいごに

しかし今回の振袖は非常に残念ですね。着物業界もなかなか腐ってるからなぁ…。まあ背景が分からないので何とも言えないんですけども。