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なぜ宗教は紛争を起こすのか―その原因とは?



宗教紛争の原因とは?

宗教紛争とか宗教戦争とか、言い方はいろいろあるようですが、まあ、あまり区別しないことにしましょう。異なる宗教が衝突するのはなぜなのか、ということについて考えてみたいと思います。

一般的に考えられている理由としては、それぞれの宗教が異なる真理を持っているから、といった感じだろうと思います。特に一神教、つまりユダヤ教、キリスト教、イスラームはそれぞれ唯一の神を信じているがゆえにお互いを認め合うことが難しい、といった感じで説明されることが多いように思います。

実際のところはどうなのでしょうか?実は、宗教が持つ教えが直接的な原因として起こる対立は、歴史上ほとんどありません。まったくないことはないけども、稀です。

では、何が原因になっているのかというと、宗教そのものではなく、経済的問題や政治的問題、社会的問題といった宗教以外のことが主な原因です。確かに、それぞれの宗教が持つ教義や教典の中には、暴力的なものとして解釈できるものもあります。しかし、だからといって、宗教が即座に暴力的になるのではありません。経済や政治などの外的要因が宗教に迫ってくることで、宗教の中に葛藤が生じ、その反発として衝突が生まれます。その衝突の際に、暴力を正当化するような形で宗教が使われます。なので、表面的には宗教対立に見えても、実際には宗教は後付けに過ぎないということが割と多いです。

また、宗教の衝突は海外で、そして特に一神教において多いと言われることが日本では多いと思いますが、日本でもあります。代表的なのが大戦時の日本です。天皇制を中心とした国家神道です。国のために戦って死ぬことが、宗教的に良いものとされます。ナショナリズムに宗教が結びついているわけです。それからオウムも有名です。詳しくは書きませんけども、これも政府などに対する反発として捉えることができます。

日本は宗教の対立が起きないと言われます。実際には起きているんですけども、でも確かに数字としては外国と比べると少ないです。これに対して、日本は宗教に寛容だからと説明させることが多いのですが、私はおそらくそうではないだろうと思っています。宗教に寛容なのではなく、宗教に対して無関心なのでしょう。寛容と無関心は表面的には同じように見えますが、やっていることは全く異なります。

宗教が衝突する理由として、「教えが違うから」と言うのは極めてわかりやすく、理解が楽です。しかし、実際にはそんな単純なことではなく、暴力が起こる構造が背後にはあります。「教えが違う」と単純化してしまえば、本質的な問題を認知することができません。争っている当人を無理やり黙らせても、また別の新しい争いで出てくるだけでしょう。暴力が持つ構造、つまり宗教そのものではなく、経済的、政治的、社会的問題について考えることが大切だと思います。