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YouTubeの視聴者はなぜ過激な動画を見るのか

YouTuberが過激な動画を出す理由

なぜYouTuberは過激な動画を投稿するのか、といった疑問は割と多いと思います。有名人がこれについて言及したりもしていますよね。しかしこれは非常に単純なことで、YouTuberは仕事として動画を作っており、そして過激な方が見られることが多く、お金になるからです。

YouTuberは視聴者の好みを想像して、それに合うように動画を作るわけですが、本当の問題は、なぜ視聴者は過激な動画を好むのか、という点であろうと思います。

記号的な思考

一旦動画を離れて文章について考えてみたいと思います。ここ最近、「AI思考」という言葉があるように、文章を読めない人が注目されています。

文章は非常に情報量の少ない表現です。なので、書かれていることについて自分の知識や体験といったものを想像しながら補っていく必要があります。しかし彼らは、自分で補うという複雑なことを行うことができないために、形式に頼ることになります。彼らにとっての文章理解とは、自分の頭の中にある「○○は××である」に当てはまるかどうかでしかありません。本当は、全く同じ文章であったとしても、文脈によって意味が変わるものですし、場合によっては180度意味が変わってしまうこともあるのですが、自分の頭の中の定義と一致すれば、それ以外の解釈ができなくなってしまいます。

そのため、彼らとチャットなどで会話をすると「そんなこと言ってないだろ」と感じてしまうような場面に出くわすことが度々あります。彼らは文章を勝手に解釈し、その勝手な解釈に対する批判をするので、傍から見れば一人相撲をしているように見えるわけです。SNSで炎上してしまった人が「一言も言っていないことが当たり前のように批判されている」と嘆いていることがありますが、一人相撲のいい例でしょう。

また、炎上しているコメントの中には「文法が間違っています。頭が良い人はそんな文章を書きません」というようなものも見られます。形式しか見ていないため、文章の中身ではなく、文法を指摘してしまうわけです。

装飾される文字

文章から意味をくみ取れなくなるとどうなるか。それは文字の装飾という形で表れます。

10年くらい前ですが、ギャル文字が流行しました。検索すれば色々と出てくると思いますが、例えば、「ぉ レよ ょ ぅ (おはよう)」みたいな感じです。これは何をしているのかというと、字体を変えることで感情的な部分を表現しようとしています。そのままでは堅苦しいからです。また、ギャル文字は複雑になれば複雑になるほど、受け取った方は嬉しいそうです。というのも、それだけ苦労して書いてくれたのが伝わるからです(ちなみに現在では技術が進歩して一発で変換できるようになっています、すごい)。

つまり、自分で文章を補って意味を汲み取れないために、文字そのものの形を使って情報を付け足しているわけです。メールだと喜んでいるのか怒っているのか分からない。本当は、それは、文脈であったり、日々の信頼関係などから補うものなのですが、それができない。だから文字を装飾して、ビジュアルに頼るわけです(おそらく言葉の概念を持っていない)。

よく、テレビのバラエティー番組で、画面の下にバカでかい、派手に装飾された文字が表示されていますが、あれも同じようなものでしょう。街中の看板や広告の文字が異様に装飾されているのも無関係ではないはずです(単に目立つという理由だけではありません)。他にも、今で言うならば、LINEのスタンプは良い例かもしれません。スタンプはもはや文字ではありませんが、いやしかし、文字を使わずに意思伝達できるのであれば、それの方が楽なのかもしれません。

過激な動画

もう言うまでもないかもしれませんが、彼らは記号(文字、動画においてはジェスチャーなど)から意味をくみ取れないのでビジュアルに頼ることになります。

動画に表示される文字は馬鹿デカくて派手な色使いになりますし、ジェスチャーやリアクションはあまりに大袈裟になり、さらには分かりやすい数字を持ち出す傾向があります(レストランで全品注文、くじ引きを全部引く、○○万円使ってみた、など)。

よくYouTuberは中身がないと言われますが、ある意味では当然のことで、意味のあることを伝えようとすると、視聴者はそれを理解できないために、つまらないものとして判断されてしまいます。それでは見られませんし、職業YouTuberにとっては死活問題です。

本当にYouTuberが悪いのか

動画を作っているのはYouTuberなのですから、当然責任はあるでしょう。しかしYouTuberだけが悪いのかというと、そうとは言えないと私は思います。そういう過激な動画を求めているのは誰なのか。

また中には、複雑ではありますが、会社を辞めざるを得なくなって、最後の頼みの綱としてYouTuberになる人もいると聞きます。本当はやりたくないけど、やらざるを得ないという人もいるかもしれませんし、それならば、視聴者こそが過激な動画の制作者であるようにも思えてきます。

色々なところがおかしいように思います。文章が読めないって(実際、解釈というのは難しいものなんですが)教育はどうなってるんだ?と感じますし、最後の頼みの綱がYouTubeってセーフティーネットはどうなってるんだ?とか、色々と。まあ、言い出したらキリがないですね。