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一般人の個人ブログです

絶対平和主義と正戦と聖戦

お勉強したことをまとめておきたいと思います。私は学者でも専門家でも何でもないので内容にはご注意を。

戦争の三類型

戦争と一言で言っても3つに分類できるそうです。それは絶対平和主義、正戦、聖戦の3つです。正戦と聖戦はどちらも「せいせん」と読みますが、意味は大きくことなっています。

絶対平和主義はそのままです。戦争はしません、武器は持ちません、です。正戦は基本的に戦争はダメだけど場合によっては正しい戦争もあるという考え方です。聖戦は自分が正義であり、正義に反するものは敵である、という考え方です。

正戦

正戦では基本的に戦争はよくないものであるという立場です。しかし場合によってはやむを得ない場合もあって、そのときに限って戦争してもよいと考えます。例えば、よそから攻撃されていて、それを黙って見ているわけにはいかないから戦うというような感じです。

戦争してもよいと言うためにはいくつかの条件があります。正当な理由がある場合。正当な権威がある場合。やらないよりもやった方が結果的によい場合。戦争にならないために色々努力したけどもどうにもならないから最終手段として。動機が正しい場合。などです。

また戦争中においても正義感があって、非戦闘員は攻撃してはいけない、必要以上のことはしてはいけない。

聖戦

これは宗教的な意味合いが強いです。自分が信じている神が善で、それ以外の神を信じることは悪、そして悪を倒すために戦うのが聖戦です。

聖戦をしている本人にとっては正戦として認識していることが多いようです。例えば十字軍では、神という正当な理由の元に戦いましたが、今からその歴史を振り返ってみれば聖戦と呼んで間違いないでしょう。ちなみに十字軍においては終末への期待がありました。つまり十字軍として戦って死ねば、その徳が認められて天国に行けるという考え方です。

また聖戦はナショナリズムとも結びつきやすいです。これは日本にもかつてあって、国のために死ぬのが天皇のためになるというような形です。

暴力をなくすには?

これは難しいですね、大きな課題です。ただ1つ言えるのは無関心をどう克服していくのか、という点です。よく憎しみが暴力の原因として考えられますが、もちろんそれもあるでしょうけども、実際には無関心が問題になっています。

でも関心を持つってめちゃくちゃ難しいことですよね。難しいからといって諦めていいわけではありませんが、どうすればいいんだろう…。

テレビでなんかの事故とか事件の映像を見て「うわ、すげーことなってる!」とか言って喜んでいる奴の方が、「ふーん、大変だね~」とか言っている奴よりもまだマシなのかもしれません。いやどっちもよくないんですけど。