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信者ビジネスとしてのプロブロガーについて思うこと

プロブロガー

信者ビジネスをしているプロブロガーというか、プロブロガーなら信者ビジネスにならざるをえないと思うんですけども、名前は出しませんがサロンとかシェアハウスなどを運営していたりとか、そういうやつです。それについて思うことを。

まあ、商売うまいなぁと思います。たいして経費もかかってないだろうし、何かテキトーにウェ~とか言っておけば人来るし、巧みに炎上させて人集めてるし、放置しておけば勝手にお金入ってくるし、すごいなぁと思います。

売れると分かっていてやっているわけでしょう。ビジネスの才能はありそうな気がします。たまに何か、自我の形成に失敗しているような風に見受けられる人(大学生っぽい感じの)もいるので若干不安にもなりますけども、お金にはなってそうですもんね。

プロブロガーよりも

私の疑問としては、プロブロガーそのものよりも、その周辺です。なぜあれらのよく分からないブログを継続して読もうと思えるのかがよく分かりません。何に期待しているのか…。

プロブロガーってかなり叩かれていますけども、私も嫌いなんですよ。ただ、プロブロガーが出てきたのはある意味では必然なのかもしれないな、とも思っていて、やっぱり読者の大半はいわゆるB層と呼ばれるような性質を持っているように感じます。

彼らも商売としてやっているんだったら、需要のあることをするのは当然のことであって、やっていることは情報商材と変わらないので悪いものだと思うんですけども、そういう行為をしようという考えはわからないでもないように思います。売れるんですから仕方がない。

だからプロブロガーそのものを叩くのではなくて、その信者に対して注意を促した方が良いように思います。

なぜ信者になるのか

でも何で信者になるんですかね。信者という言い方が悪いなら読者でも何でもいいんですけども、プロブロガーのどこに轢かれるのかがわからないんですよね。だって明らかにおかしいじゃないですか、プロブロガーの大半は「ブログで自由になろう」とか言っていてサロンまで運営しているけども、そこから成功した人間はいるのか、というかそもそもなぜ同業を増やそうとしているのか、その辺からしてもうおかしいと思うんです。

信者のコメントを読んでみると違和感があります。プロブロガーを称え、他人が同じように褒めた時には賛同、批判のコメントに対しては非難で返す、だいたいこんな感じになっていると思います。

面白い人がいてですね、プロブロガーをボコボコに批判する人がたまに出てくるんですよ。あくまでも批判ですよ。そしてそれを見た信者が「プロブロガーを叩いてるけど、あなたの方がクソですよ」みたいなことを言うんですね。批判と非難の区別がついていなくて、人格と主張を分けて考えることもできない。

プロブロガーの批判に対して必死なんですよ。プロブロガーがそのまま自分と繋がっているようにも見えてですね、「プロブロガーは素晴らしい」の「プロブロガー」を「自分」に置き換えれば納得できてしまうような。つまりプロブロガーが叩かれることは自分が叩かれているのと同じだという認識になっているのかもしれません。

なんだろうな、自分で判断を下すことができないというか。価値判断の根拠が他人に委ねられているように見えてしまいます。もっとハッキリと言うならば、自分が不確かで自信がない。

信者は、プロブロガーの言うことは無条件で正しいと思っているようだけども、正しいかどうかはどの言動を1つずつ確認しないと何とも言えないですし、「○○の言うことは正しい」というのは傍から見れば完全に危ないものですよ。

さいごに

プロブロガーはビジネスの才能があるのかなとは思いますが、弱みに付け込むようなやり方は関心できないです。ビジネスが悪い、なんて言うつもりはありませんが、やり方については考えた方がいいんじゃなかろうか、と思います。でも信者の方が意識を変えていかないと、これはなくならないだろうなぁ。

 

読み返したら言ってることめちゃくちゃだな(笑)プロブロガーは悪いけど信者も悪い。