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大人になるということ

中二病みたいな名前を使う人が少なくて悲しい - nancolu

親は子供を塾に行かせたり、何なりして、早く子供の状態から成長させようとするけども、結果的にそれが、大人になるための成長の機会を奪うことになります。子供には子供扱いをすべきなんです。子供はそれに反抗するけども、反抗を通して自己を確立していくわけです。反抗して親とか隣のオッサンとか教師とかに怒られて、そして周囲の大人たちから子ども扱いされていることに気付いたとき、「ああ、まだまだ子供だなぁ」と感じるわけです。逆説的ですけども、この「まだまだ子供だなぁ」という自覚から大人の自覚が始まるわけです。

今の子供って反抗しないでしょ。親が反抗させないのかもしれませんが、色々な価値観があっていいということになっているので、子供のそれが受け止められるわけです。なので反抗のしようがない。まあ大人は色々な価値観を持っておいた方がいいでしょうけども、子供にはまだ早いです。

それでどうなるかというと、子供は大人にならず、若者になるわけです。子供というのを十分に経験していないのに、大人になれるわけがありません。だからその中間として若者という概念が出てきます。大学なんか自分の意思で行くところなのに親に行かされる、挙句の果てには就職先まで親が決めるし、入社式に親がしゃしゃり出てくることになる。いつまでも親が介入するから大人になれない、ずっと若者のままです。まあ子供を経験してないのですから、今後大人になることもないでしょうけども。繰り返しになりますけども、「子供だなぁ」という自覚が大人の自覚の始まりです。これがないから大人に憧れることになる、だから「大人の味」みたいな商品が売れるわけです。大人に憧れている段階では、大人ではありません。

前に、どの記事が忘れたんですが、「大人とは何か」というのはあまりにも当たり前のことだから説明するまでもないと書いたように思うんですが、それではあまり面白くないので、大人とはなにかについて書いてみたいと思います。

といっても本当に簡単なことで、大人というのは、責任を取れるということです。子供の内は自分の不利益になりかねないことを平気でしようとします。例えば、赤ちゃんは目に入ったものをとりあえず口の中に入れようとします。食べ物ではないものを食べたら大変ですよね。でも赤ちゃんはそれをすることでどうなるかを判断することができません。だから子供は親に自由を制限されると同時に、責任を親に預けるわけです。子供が何か問題を起こしてしまった時、親は子供に自由を与えてしまったのだから、その責任を親自身が取らなければなりません。

たまに勘違いしている人がいるのですが、自由と責任は視点が違うだけで、言っていることは同じです。責任があることを嫌がる人もいますが、責任があるということは自由があるということです。ましてや現実を見れているのであれば、不条理の可能性を考えれば責任のある状態は望ましいんですけども、責任を持ちたくない人は多いようです、それは結果的に自分を束縛することになるのに。「社長になって色々したいけど責任は取りたくない」みたいなことを平気で言う人もいます。自由を分かってないわけだ。しかも「ちゃんと働いているんだから立派な大人だ」と言いだす。

ゆとり世代には出世欲がないとよく言われます。これはある意味では当然のことです。そのように育てられたからです。ゆとり教育の失敗はゆとり世代にではなく、その親世代に責任があるのですが、彼らはそれに気づいていません。「私に責任はない」と言うんだろうけども。まあ自覚がないんだからある意味では仕方のないことなんですけどもね。