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おもてなしは本当に良いものなのか

おもてなし

東京オリンピックの誘致で滝川クリステルさんが「お・も・て・な・し」とプレゼンしてから、おもてなしの重要性がやたらと説かれるようになった気がします。筑波大学では江上いずみさんが客員教授としておもてなし学を授業されているそうで、おもてなしが注目されていることは間違いのないことだろうと思います。

さて、そこでタイトルの通り、おもてなしは本当に良いものなのかについて。今はお正月なので、この時期にこういうことを書くのはダメなのかもしれませんが、私は必ずしもおもてなしは良いものであるとは言えないと思っています。

日本で一般的に語られているおもてなしでは、客をもてなす方の態度に重点を置くことが多いです。お客さんがトイレから出てきたときにサッとおしぼりを差し出してみましょう、というような感じです。またこういったことは「おもてなし力」と表現されることもあります。

もてなされ力

しかしおもてなしというのは、もてなす方だけで完結するものではありません。あまりこの点は語られない傾向があるのですが、もてなされる方もそれなりの対応が求められることになります。これをここではとりあえず「もてなされ力」とでも呼ぶことにしましょう。

これは寿司屋で考えると比較的わかりやすくなるだろうと思います。回らない寿司屋と回転寿司、一般人はどちらに行きたがるか。普通に考えると回らない寿司屋を選ぶ人が多いようにも思えるのですが、統計なんか取ってないので正確なことは言えませんけども、おそらく回転寿司を選ぶ人が多いだろうと想像します。なぜなら楽だからです。流れてくる寿司をテキトーにつまんでバクバク食べていればいいだけですから極めて楽です。

一方、回らない寿司屋の場合は、お客の方にもある程度の作法が求められます。注文する時に季節外れのネタなんか頼めませんし、気にする人はネタの食べる順番にも気を遣うでしょう。だからお金があっても回らない寿司屋に行きたくない人は珍しくないはずです。中にはそもそも注文の仕方が分からない人もいるでしょうし。何も考えない人は「大将!おあいそ!!」みたいなことを平気で言うんだろうけども。(もちろん、そういった作法関係なく楽しんで欲しいと考える職人さんもいるんですけどもね。でもレアだと思います、客層に関わるので)

気持ちの良いおもてなし

つまり何を言いたいかというと、もてなせばもてなすほど、もてなされる方はプレッシャーを感じてしまう恐れがあるということです。なので、おもてなしが気持ちの良いおもてなしとして機能するのは、「おもてなし力」と「もてなされ力」が対等である場合に限られます。

もっと言えば、お客さんのために!と言いながら全力でおもてなしをすると、それはお客さんにとっては不愉快な、一方的なおもてなしになってしまうこともありうるということです。この点については十分に気をつけなければなりません。なぜなら、もてなす方は客にどれだけのもてなされ力があるのかを判断できないからです。

確かに、客の服装や喋り方、靴の脱ぎ方や履き方などといった所作からある程度の力を判断することはできますが、それにも限界があります。なので一番良いのは、既に客を知っている状態です。そういう意味では京都の一見さんお断りはかなり合理的です。しかしすべての店がそうできるわけではありませんから、まともな店は客層を重視します。これが本当のおもてなしだと私は思います。

ズレたおもてなし

日本には伝統的に(?)相手を重んじることをよしとしてきました。そしてそういった文化があるからこそ、滝川クリステルさんはおもてなしを日本のPRポイントして選んだのだろうと思います。

しかし結果的には、おもてなしの重要性が再認識されたことで、本来おもてなしを必要とはしない場でもおもてなしが重視されるようになってしまいました。これはもてなす方はもちろんのこと、客にとっても不幸なことです。

また、客の方にわきまえがあるのであればまだいいのですが、調子に乗るバカ(お客様は神様だ!みたいな)も確かに存在しているため、もてなす方はさらにその対応に追われることになります。

おもてなしについて再々認識した方が良いような気がします。