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ニュースに関するおしゃべりに腹が立つ時がある

ニュースに関するお喋り

どこどこで事故がありました、こんな事件がありました、というような感じのニュースはテレビや新聞、ネットなど色々なところで知ることができますけども、そういったニュースに関するお喋りを聞いていると腹が立ってくるときがあります。

「車の衝突事故があったみたいだけども、可哀そうだよね~」みたいな会話ですね。なんだろうな、ニュース(事故)の消費というか。この前も成人式当日に振袖が届かなかったことが大きな問題となりましたが、「いくらの損害出たみたいだよ」とか言って、金かよ、とか思ったりしないでもない。

ニュースを理解するのは大変

なんですかね、「ニュースを見ろ」とかそういうことはよく言われますけども、大半の人間にとってはニュースは何の役にも立たないもので、所詮上のような消費で終わってしまいます。そんな会話の手段程度に使われるくらいだったら見ない方が良いんじゃないかとも思うんです。

ニュースというのは背景を知っていないと意味がありません。知らないから「へぇー」とか「かわいそー」程度のことしか思い浮かばないんですよ。そしてだからこそお喋りの題材として使おうと思えるんです。

だから、くどいほどこのブログに書いてますけども、現実を知らないんですよ。虚構になっちゃってる。前も書きましたけども、私が偏っているというのもありますが、40代から60代前半の世代からこういう傾向が出てきているように思います。

新聞読んで大人を演出しているのか知らないけども、ちょっとツッコんだら答えられない。所詮字面を追っているだけで、新聞を読めていない。新聞を読むのもそれなりの訓練というのが必要になるのですが(これは就活生もそうです。就活始まったからといって日経を読んでも無駄ですよ)、彼らはそれを知りません。

床屋政談みたいに素人が話をしたところで何にもなりません。むしろそんな素人の意見で政治が変わるのであればたまったもんじゃない。

別に会話やお喋りがダメだ、意味がないと言っているのではありません。むしろ会話というのは意味のないやり取りをするからこそ意味があるのです。しかしだからこそ、そこにニュースが入り込んで消費されることに腹が立つのです。