お金を使わずに生きる方法!仕事がイヤなら…?

仕事はもうイヤだ、でも仕事をやめたら収入がなくなって生活ができなくなってしまう、一体どうすれば!と考えている人は意外と多いようです。日本人は勤勉だ、とはよく言われますが、できることならば仕事はしたくはないでしょう。実はお金を使わない生き方というのが存在します。それはどのようなものなのでしょうか?

お金の歴史を簡単におさえておこう!

お金を使わない生き方を紹介するためには前提として「お金=信用」であることを理解しておく必要があります。そこで最初にお金の歴史をごく簡単に説明しておきます。分かりやすさのためにかなり端折って説明します。詳しく知りたい方は日銀のホームページが役に立ちますよ。

もともとは物々交換だった

現代の私たちは何か欲しいものがあったらお金と交換します。しかしお金が生まれる以前は、物と物を直接的に交換していました。例えばお肉とお魚を交換するような感じです。

市場の誕生

物々交換をしているとある問題が起こり始めました。それは効率の悪さです。

お肉を持っていてお魚が欲しい人がいるとします。この人がお魚を得るためには、お魚を持っていて、かつ、お肉を欲しがっている人を見つけなければなりません。このような条件を満たしてくれる人を確実に見つけるのは非常に困難です。

そこで市場が誕生します。何かを持っていて何かを欲しがっている人を一か所に集めてしまえば、自分に適した条件を持っている人と出会える可能性が高まります。

これは結婚相談所が分かりやすいでしょう。結婚したい!と思っていても理想的な人に出会うのは難しいですよね?だから結婚したい人が集まる場所に行くわけです。こうすることで結婚できる可能性が高まります。

誰もが欲しがるものの誕生

そんな便利な市場でしたが、やはりまだ問題があります。多くの人が一か所に集まるため交換はしやすくなったのですが、必ずしも条件が合うわけではないからです。

例えば、お肉を持っていてお魚を欲しがっている人と、お魚を持っていてリンゴを欲しがっている人がいるとします。お魚を欲しがっている点とお魚を持っている点で一致しているのですが、お肉とリンゴは一致していないので交換はできません。でも1つは一致しているのですから、もったいないですよね。

そこで誰もが欲しがるものが誕生することになります。物と物を交換するのではなく、物と誰もが欲しがるものを交換すれば、交換できる可能性がより一層高まるからです。このように、誰もが欲しがるもののことを物品貨幣といいます。

ちなみに、誰もが欲しがるものとしては、貝やお米、布といったものがありました。お金に関する漢字に貝が使われているものが多くありますが(買、購、財、貯など)、これは中国では主に貝が誰もが欲しがるものとして使われていたからです。

硬貨の誕生

しばらくは、誰もが欲しがるものを使うことで流通が上手くいっていたのですが、やはり問題が出てきます。いろいろな問題があるのですが、代表的なものとしては持ち運びがしにくい、腐敗したり壊れたりすることがある、偽装ができる、などです。

そこで、それなりに価値があり、加工がしやすく、丈夫なものが考案されました。それが金・銀・銅などです。これらは綺麗に加工され使われました。

紙幣の誕生

便利な硬貨ですが、それでも問題があります。中には硬貨を大量に保有する人が出始めるのですが、それらを管理しなければなりません。盗まれてしまう可能性があるからですね。

そこで、硬貨を大量に保有する人達を中心に、他人の硬貨を預かって管理を専門とする人が誕生します。また硬貨を預かった際に、預かり証が発行されました。これは「私はあなたからいくらの硬貨を預かっています。これがその証明です。引き出すときはこの預かり証を持って来てね」というような意味合いがあります。

さらに預かり証は発展し、預かり証そのものが物との交換に使われるようになりました。預かり証そのものは紙切れでしかないのですが、○○さんの預かり屋の預かり証だから確かだろう、というような信用があるからこそ、交換が成り立つわけですね。これが紙幣の誕生です。

ちなみに日本でも数十年前までは銀行にお札を持っていくことで金と交換することができました。しかし今はできません。お札はもはや、本当に紙切れとなりました。でも多くの人が、お札には交換価値があると「信じている」からこそ、お札はお金として使うことができています。

さらにお金は進化

現代ではお金どころか、クレジットカードのように、プラスチックのカードを提示するだけで物が手に入ります。もちろん、クレジットカードの背景にはさまざまなシステムがあるのですが、でもレジのその場ではカードそのものに価値はありません。まさに信用によって交換が成り立っていると言えるでしょう。

というわけで、少し長くなりましたが、お金は信用であるということができます。

愛情と信用とお金

以上のように、お金の本質は信用であるわけです。現金そのものがなくても信用があれば取引は成立するということです。本当にそんなことがあり得るのでしょうか?実はこういったお金を使わない取引というのは日常的に行われています。

信用による日常的な取引

例えば、誰しも友達と夜遅くまで遊んでいて帰宅が難しくなり、友達の家に泊めてもらった経験があるでしょう。このとき、友達という間柄では無料で泊めさせてもらうことができます。

もしこれの相手が友達ではなく、全く知らない人だとしたら「お前は誰だ!夜中にいきなり泊めさせてくれ、なんて正気か??」と怒られてしまうことでしょう。

これが信用を使った取引の代表的な例です。

愛情による日常的な取引

また信用をさらに上回る取引があります。これは取引というよりも一方的に与えるものです。それが愛情によるものです。

これは赤ちゃんが典型的です。赤ちゃんがご飯を食べる時、親にお金を払うでしょうか?むしろ泣いてばかりで親にとってはメリットがありません。それでも親は一方的に赤ちゃんにご飯を与えます。

これを何と呼ぶかはいろいろな意見がありそうですが、愛情という言葉が適しているでしょう。

赤ちゃんと親の関係以外にも、恋愛やヒモというのも愛情に入ると考えられます。

愛情と信用とお金の関係性

簡単にいうと、愛情が欠如することによって信用が必要となり、信用が欠如することによってお金が必要になる、ということです。

愛情のように非常に深い関係においては取引を超えて、一方的に与えるということが起こります。

信用というのは友達のように2人称の関係になります。こういう関係においてはむしろお金でのやり取りというのは避けられる傾向があります。例えば、先ほどの泊まりで考えると、「せっかく泊めてくれたんだからお金払うよ」というと相手としては「いやいや、いいよそんなの。悪いって」と言って否定することが多いでしょう。他にも、上司が部下に奢る際、部下が「いや、そんなの悪いので自分で払います」というと上司は部下を嫌うでしょう。

最後にお金です。お金は3人称の関係において必要です。3人称というのは、全然知らない人ですね、道端ですれ違うような人です。この場合は、日本では日本銀行という第三者の信用を肩代わりして取引を行っています。もしかすると「仲のいい店員がいるコンビニではお金が必要じゃないか」という意見もあるかもしれません。これは仲のいい店員との取引ではなく、コンビニとの取引になります。

このように取引は、愛情の欠如によって信用が必要となり、信用の欠如によりお金が必要になる、ということです。

お金を使わずに生きる

肝心の、お金を使わずに生きる方法、ですが、ここまで読んでくださった方なら分かるでしょう。つまり、愛情または信用を作ればよい、ということです。

生きるために必要なものは衣食住の三つです。着るもの、食べるもの、住むところの3つがあれば、最低限の生活を送ることは可能です。この衣食住を愛情または信用によって得ればよいのです。具体的な例を考えてみましょう。

まず着るものです。最近はあまり聞くことがなくなりましたが、兄や姉のおさがりを使わされる、ということが昔はよくありました。これは家族という愛情(どちらかと言えば信用か?)によって無料で服を手に入れているわけです。

次に食べるもの。田舎ではよくあるのですが、ご近所付き合いをしっかりとしていれば、おすそ分けをたくさんもらうことができます。これはご近所という信用によって無料で食べ物を得ています。

最後に住むところです。先ほどから例に出しているように、友達の家に泊めてもらうことが可能です。これも無料ですね。

とりあえず衣食住の3つについて例を出してみました。あくまでも例ですが、実現不可能ではありません。友達や家族、親戚、恋人などなど人間関係を多様に築くことができれば、お金を使わない生活というのも十分可能であるはずです。

信用を作るためには?

既に人間関係を多く持っている人に関しては問題ないでしょう。しかし人間関係が希薄である場合にはどうすべきなのでしょうか?その場合は作ることができます。

愛情に関しては作れなくもないですけども、作るというのはあまり良くはないでしょう。しかし信用に関しては作ることができます。いやむしろ、信用というのは自ら作っていくものであり、作っていくべきものです。

では、信用を作るためにはどうすればよいのでしょうか。それは、信用を作りたい人に対して価値を提供するということです。

例えば、友達という関係でも、一緒にいることで楽しむことができる、一緒にいることで苦労を共有することができる、といった価値を(おそらくは)無意識的に提供しています。だからこそ、困った時はお互い様の精神で家に泊めてもらうこともできるわけですね。

お金を使わずに生きることができる人の特徴

ここである矛盾に気づかれた方もいるのではないでしょうか。それは、お金を使わなくても生きることができる人というのは、お金を稼ぐことができる人であるということです。

しかも、会社に雇われて、時間に対してお金をもらうというような形ではなく、起業して自ら価値を作っていけるような人です。

考えてみれば当然のことです。何かをしてもらおうとするのならば、こちらとしてもそれ相応のことをするのは常識です。これは貸し借りです。

食べログのコメント欄を覗いてみると「同じメニューなのに、内容が他の人と違っていたので星1つです」というようなニュアンスの書き込みが見られます。貸し借りというのが分からないのでしょう。

このように書くと価値の提供なんか難しくてできそうもない、という意見もありそうです。しかし絶対にそんなことはありません。子どもに勉強を教えてあげる、お年寄りにパソコンの操作を教えてあげる、誰かの部屋を掃除してあげる、何かあるはずです。

貸し借りの分かる人はこういうことをしっかりと見ています。誰かのために価値を提供してあげれば、きっと誰かが別の価値を提供してくれることでしょう。

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