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人間離れしていく若者?



自己が曖昧な若者

URLわかんなくなっちゃった、さっきダラダラとブラウジングしていたら、「若者がどんどん人間離れしていく」というような表現を見ました。車は乗らないし、テレビは見ないし、ミニマリストみたいに物を持たないし、結婚とか恋愛もしないし、というような感じです。

ちなみに私は平成4年生まれなのですが(別に世代を代表するつもりなんかありませんけども)、私にしてみれば、上の世代は、本来良くないものとされている消費に走り過ぎたり、さらに上の世代が作ったイデオロギーを有難がっていたり、それっておかしいんじゃないの?と感じるところがたくさんあります。

しかし、若者があまりにも人間離れしていっているというのも、わからないではないかなぁと思います。そして、なぜ若者がそうなっていくのかと言えば、私は自己が曖昧であるからだろうと思っています。

自己が曖昧だと価値判断ができなくなってしまいます。つまり、自分にとって何がよくて何が悪いのかが判断できないということです。だから客観的に見て分かりやすいものに頼ります。

大学は偏差値の高いところが良い。就職は知名度の高い会社が良い。年収の高い仕事をしている人が優れている。値段の高いものは美味しい。周りが笑っているから面白い。というような感じです。

彼らは価値判断のための絶対的な方程式を持っていて(極めて不確かなのですが本人にとってはそうではない)、そこに事柄を代入して瞬間的に答えを弾きだそうとします。逆に言えば、代入しても答えの出ないものに関しては、彼らは考えることができないために、行動にも移しません。たとえば恋愛の良し悪しについては客観的に判断することができないのでしません(ちなみに、恋愛は曖昧な自己を肯定するための手段として機能することもあると思います)。

ここ最近、「AI思考」なんて言葉も出てきましたが、文章を読めない人が増えているようです。これもある意味では方程式みたいなもので、言葉を記号としてのみ考え、自分の頭の中にある記号と書かれている記号を一致するかどうかだけで判断しているのだろうと思います。なので文脈が理解できない、解釈ができない、もっと言えば概念を知らない。

コンピューターのような若者を作ったその上の世代

こういう若者を想像すると、どことなくコンピューターのようにも思えてきます。上の世代にとっては気持ち悪い存在かもしれません。しかしこういった若者を作ったのは誰なのかというと、上の世代だと思います。

実は上の世代にもこういうコンピューター的な思考をしている人は珍しくなくて、たとえば、この世代は消費の際にライススタイルを意識することがあると思うのですが、これは数ある商品の中から何を買うべきなのかという判断ができないために導入されたものです。いわゆる賢い消費ですね。単にモノを買うのではバカだから、それなりの理由が必要だよね、でも自分で考えるのは大変だから、ライフスタイルというものさしを使って答えを弾きだせばいい、ということです。

若者のコンピューター的な要素に対して嫌悪感を抱く人は少なくないと聞いていますが(実際どうかは知りませんけども)、おそらくそれは自己嫌悪だと思います。自分でも物事を判断できないことを知っているからこそ、若者に対して嫌悪するのでしょう。