偉い人の生き方を見ていると意外と悩んでいる時期があるようです

偉い人はみんな悩んでる?

タイトルを「偉い人」と一括りにしてしまったのであれですが、学者、医者、僧侶、芸術家、作家、詩人、などなどといった感じの人たちですね。

私は大学院にいって研究をしたいと考えているのですが、専門としてはどういうものになるのかよく分かりませんけども、比較宗教学、宗教倫理学、死生学みたいなところになりそうです。

そのため参考にしたのは、学者というのは哲学とか宗教学とかそういった分野の人たちが多いですし、医者というのは生命倫理とか宗教倫理に関わり、僧侶はそのまんまですね、あと作家や詩人というのも宗教的な背景を持っている人が多いため、かなり偏っているのは事実なんですけども、こういった人たちの伝記とかコメントなどを読んでみると、けっこう悩んでいる時期を経験しているという印象を受けました。

何となく学者とか医者とかはストレートに大学にいって、学位を取って、そのままアカポスなり病院なりに行って、というのを想像してしまうんですけども(そういう人もいっぱいいますが)、大学を出た後にニートになっていたりとか、民間企業に就職したものの2,3年で辞めて寺に修行に行ったりとか(そのまま僧侶になった人もいますが、多くは夏目漱石の『門』みたいな感じですね)、身近な人の死を経験して何もできなくなってしまったりとか、こういった迷いの期間を経験している人が割と多いみたいです。

あと僧侶でも、家がお寺というわけではなく、何らかのきっかけで目指すようになった人もいるみたいですね。私の大学は仏教系だったんですが、僧侶になる人というのはお寺出身の人ばかりでしたから、そういう人もいるんだなぁと意外な印象を受けました。それから芸術家や作家、詩人というのも、最初からそれを目指していたというよりも、何かを経験して、それを表現しようと思い立った人が多い印象です。

いや、多いといっても統計みたいな正確な数字を見たわけではなく、私がそう感じたっていうだけなんですけどもね。

悩めるのは才能

色んな人の発言を読んでいると「悩めるのもまた才能だ」みたいな言葉があって、何か前にも聞いたことがあるなぁ、という印象もありましたが、改めて(?)聞くと何となく精神的に楽になれたような、そんな気がしないでもないです。

私の場合は中学生くらいの時から「なんで生きるんだろうなぁ」みたいなことを考えはじめ、大学を出た後は「働いて何の意味があるのかなぁ」みたいなバカみたいなことを思いながら、あまり利益を追求するイメージが少ない伝統工芸品を扱う会社に就職し、しかし結局1年半で辞めて、自営業になって今に至るんですけども。

こんなヘラヘラした生き方をしてるくらいなら自衛隊にでも入った方がいいんじゃないか、とも考えたんですが、台風が来たときに自宅の裏の崖が一部崩れて、それの処理をしている時に腰を痛めてしまい、「ああ、私にはこの程度の体力もないのか。何の役にも立たないじゃないか」みたいなことも思ったりもして、なんだかなぁみたいになっていたんですね。

しかし偉い人たちも悩んでいたというのは、何でしょうね、そういうものなのか、と思えましたし、自分にできることを少しずつやっていけばそれでいいのかもしれません、わかんないけど。まあ偉い人とは悩みの質も違いますし、安心している場合じゃないんですけども、でも、この何もしてない期間というのは意外と後から生きてくるのかしれません。

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