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漫画をいくつか読んでみて思ったこと

無料の漫画をちょこちょこ読んでみた

最近、文章を読むか書くかばかりの生活をしているものですから、何か絵が見たいなということでネットをあさっていると、キャンペーンなのか何なのか知りませんが、Googleプレイに無料マンガが大量にあったものですから、テキトーに読んでいました。

最近のマンガはあまり読んでいなくて(ブラックジャックみたいな古いのは割と好きなんですが)、興味深く読んでいたんですけども、ある程度共通している特徴があるように感じられました。

売れる、ということは読者がマンガの内容に共感したり面白いと感じているということだと思うのですが、ここから現代人の精神的なところが伺えるかもしれません。

感想など

恋愛ものが多い

非常に恋愛ものが多いなと感じました。恋愛ものというか、恋愛じゃないのかもしれませんけども、無気力で大した特徴もない(またはあるけどもそれを周りから肯定されていない)少年が、ある日突然、美少女と親密な関係になる(またはハーレム状態になる)、というのが非常に多いです。

さらに言うと、美少女は顔がいいだけでなくて何からしらの驚くべき才能を持っているのですが、にも関わらず、どこか自己肯定感に欠けるところがあって、それを支える形で少年が活躍する、というのが多い。

面白いのが、少年と美少女の出会いと、美少女の才能が現実離れしている点です。やっぱり読者に対してリアルを感じさせないようにしているように思います。現実は現実、マンガはマンガ、なのでしょうか。

宗教的な要素が多い

いきなり妖怪が出てきて魔法でドンパチしたりとか、異なる世界や時空間を行き来したりとか、何かとハチャメチャなことが起きるのですが、これは宗教以外の何ものでもないと思います。日本人は宗教嫌いとはよく言いますけども、何だかんだでそういう要素は受け入れられるようです。

ただ回りくどいものもあって、科学技術の進歩として描かれていることもあります。たとえば、死んだはずの人間のデータが実は保存されていて、それと対話する、みたいな。あと現実と電脳世界を行き来するというのもありますね。

これは「テレ」の概念で説明できるかもしれません。テレというのは、テレフォンとかテレビジョンとかのテレです。本質的なところでは遠くの人とのコミュニケーションですけども、これは人間の根本的な欲求で、地上の生きている人間と天上のよくわからない存在とのコミュニケーションとか、そういうのに表れます。

よく宗教と科学の対立が問題になることがありますが、むしろ宗教と科学の境界線が曖昧になっているところがあるのかもしれません。

ある日突然、超自然的力を授けられる

これはさっきの2つと重なるところがあるんですけども、何の特徴もない主人公が、突然ものすごいパワー(これも宗教的ですね)を獲得するというのがちょこちょこあります。

そして主人公は、そのパワーのおかげで日常生活が送れなくなる、またはパワーを隠しながら不便な生活することになり、「こんなパワーいらない、普通になりたい、今まで通りの日常に戻りたい」と思っていることが多いです(今回は読んでませんけども、エヴァンゲリオンのシンジ君みたいな)。

これはけっこう興味深いですね。パワーに嫌がる主人公はコミカルに描かれる場合もありますが、それでも後から本気で悩んで、シリアスな感じで描かれることが多いと思います。この場面はあまり楽しいところではないと思うのですが、では読者は主人公に共感しているのでしょうか?

さいごに

あまり関係ないんですが…。

マンガは面白いです。私はあまり積極的にマンガを読むことは少ないのですが、マンガは良いものだと思っています。マンガでしか表現できないものもありますしね。

中には「マンガなんかクソ、子どもが読むものだ」と考える人もいるのですが、マンガはあくまでも表現の手段でしかありません。マンガという形式で何を表現するのか、という中身が重要なのであって、マンガという形式を叩いても何にもならないと思います。個別の作品を見て評価しましょうよ。もちろんマンガばかり読んでいるのは問題だと思いますけどもね。