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なぜ私は商業的なものに興味がないのか

ここ最近、「興味を持たない人に興味を持たせるにはどうすればいいんだろう」みたいなことを書いているけども、よくよく考えれば、そういう人たちが興味を持っている商業的なものというかブランド物とかトレンドみたいなところに、私はまったく興味を持っていないわけで、まずは私がそういうものに興味を持たないといけないのではないか、というようにも思えてきました。そもそもなぜそういうものについて興味がないのかについて、ちょっと考えてみました。

たぶん商業的なものに興味を持てないのは、機能の問題なんだろうという気がします。例えば腕時計は時間をいつでも確認できるために作られています。このいつでも時間を確認できるというのが腕時計が持つ機能です。つまり腕時計はその機能を持っていればそれで良いのですから、それ以外の要素はそれほど重要ではありません。なので例えば装飾というのは極論まったくなくてもいいわけです。

ここでブランド物について考えたいのですが、高級腕時計は時計としての機能を持っていますが、他にも豪華な装飾が付いています。この腕時計に本来必要な機能以外の装飾というものがあるために、高級腕時計に私は興味がないのでしょう。極論、いつでも時間を確認できれば良いのですから、スマホでええやん、となります。

最近では(?)腕時計は社会人とのしてのマナーという意味合いもあるため、腕時計にはいつでも時間を確認できる機能以外にもマナーとしての機能を持ち合わせていると考えることもできます。この場合であれば見た目はかなり重要な要素と考えられますが、それでも余計な装飾はいらないはずです。ここで個別のブランドを出すのはあれですが、わかりやすさのためにロレックスを挙げますけども、これは時間の確認よりも、いかに豪華に見えるか、つまりデカく重たくして存在感を出します。マナーにそんな存在感はいりません。なので腕時計を買うとするならば、時間にかなりの正確性があり、かつ見た目も洗練されているセイコーあたりが妥当だろうと思います。

こんな感じで、製品そのものが持つ機能というのを基準に考えれば、何を買うべきががだいたい見えてきます。自分が必要としているものと、製品の機能が一致するものを買えばいいわけです。また、たいていそういうものはブランド物である必要がなく、トレンドに左右されることもありません。なので商業的なものに興味を持つ必要がないわけです。ないと断言できるかは怪しいですが、その重要性は低くいだろうと思います。

反対に学術的なものになぜ興味を持つ必要があるのかについてです。私たちは人間ですが、私はいかに生きるべきか、というのは誰でも考えることだと思います。やっぱりよい生き方をしたいと考えるのが人間ですからね。それを考える際に、これも機能というのが1つのヒントになると思うんですけども、人間の機能とは何かと考えると、それじゃあ人間はこの歴史の中でどんなことをしてきたのだろう?どんなことを考えてきたのだろう?という疑問が生まれます。これをできるのは学術的なものでしょう。あるいは芸術とかかもしれません。

また私たち人間が生きていくならば、この社会の中で活動していく必要があるわけですけども、社会で起きているさまざまな問題を解決していかなければなりません。そのためには社会を正しく理解する必要がありますし、問題をしっかりと分析することも必要になります。こういったことも学術的なものでしょう。もちろん必ずしも学術だけに限定されることはないでしょうけどもね。

こんな感じで私たちに大きく関連することだからこそ(多くの人は関係ないと思っているのですが)興味を持って考えないといけないと思うんです。それに対して商業的なものはそれほど重要性は高くはないので、それほど興味を持つ必要ないと思うんです(気付いていないだけでかなり重要な役割を担っているのかもしれませんが。でもそれを明らかにするのもそういうものでしょう)。