気を遣い過ぎ?なぜ日本人は空気を読むのか

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日本人は空気を読む、とよく言われます。欧米や西洋の人からすると、日本人の主体性のなさに驚くこともあるとか。もちろん、すべての日本人に当てはまるわけではありませんが、確かにその傾向はありそうです。それではなぜ日本人は場の空気を読み、周りに合わせようとするのでしょうか。日本人が空気を読む理由をいくつか紹介します。

日本の地形が関係している?

まず分かりやすいところでは日本の地形が挙げられます。世界地図を見てみると、日本は面積が比較的小さい国であることが分かります。次に日本地図を見てみると、日本のほとんどが山であることも分かります。つまり人が住めるところが限られている、ということです。

また日本の人口を見てみると、少子化が問題になっていることは事実ですが、それでも1億人を超える多くの人が暮らしています。限られた狭い場所に多くの人が一緒に生活をしているということです。

この状態では必然的に人間関係が複雑になります。人間は社会に属するからこそ生きることができるのであり、孤立化は避けなければなりません。だからこそ、良くも悪くも目立った行動(社会の平均を逸脱するような)を避け、周囲に合わせようとします。

宗教の影響?

欧米や西洋ではキリスト教という一神教の影響が強くあります。一神教では、神と私、というように、神を信仰するのであれば私という主体が意識されることになります(英語の文型SVOはこの主体性と無関係ではないという指摘もあります)。

それに対し、日本は一神教ではなく、神道、つまり多くの神様を信仰する多神教です(日本のそれは信仰というよりも寛容という態度に近いものがあります)。そのため、キリスト教圏と比較すると、私、という主体があまり登場しません。

また日本には仏教の影響もありますが、仏教では私(自我)は存在しない(あるいは、どっちでもよい)と考えます。この点についても日本人の主体性のなさに影響を与えているかもしれません。主体性がないと価値判断が周囲に委ねられる傾向が強くなります。

日本の気候も関係がある?

日本は湿度が高く、特に夏はジメジメとすることが多いです。この湿度の高さは日本の文化に大きな影響を与えました。例えば代表的なものとしては家があります。欧米や西洋の家は部屋がハッキリとしており、扉には鍵が付いていることが多いです。しかし日本の場合は、壁ではなく窓や障子が多く、明確な部屋と言えるものがありません。これは高い湿度の中で快適な生活を送る知恵でもあるのですが、部屋という明確な空間がないことは、他人との思いやり、和といったことが必要になります。

また日本には「モノノケ」という概念があります。これは漢字にすると「物の気(怪)」となるのですが、つまりモノの気配を意味します。湿度が高いとモヤモヤしたものが感じられますが、それをモノノケと解釈できなくもないでしょう。

この他にも、日本の気候は日本の芸術(襖絵など)にも影響を与えていると言われているのですが、とにかく、日本の気候が日本人のメンタリティに何らかの影響を与えているのは間違いないでしょう。日本の気候が直接的に空気を読むことに繋がるかどうかは分かりませんが、そこから発展したものが空気を読むことに影響していると考えることはできるのではないでしょうか。

その他

とりあえず3つ紹介しましたが、他にも様々な理由が考えられます。例えば、昔の農耕社会の名残など。例を挙げればキリがないのでここら辺でやめておこうと思います。

ちなみに、空気を読むのは日本人だけで、欧米や西洋では空気を読まない、と考える人が多少いるのですが、実際には空気を読むというのはどこででも行われていることです。

ただ日本が特にそのように言われることにはやはりそれなりの理由があるだろうと考えられますし、以上のような理由を考えてみると、どうも日本には空気を読まざるを得ない環境があるようにもみえます。