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ミニマリストが語る「こだわり」のおかしさ

ミニマリストはモノを持たないことに、あるいは所有するモノにこだわりを持っています。この「こだわり」のおかしさについて簡単に書いておきたいです。

本当はミニマリストに限ったことではなく、「こだわり」という言葉の使い方がおかしい人は非常に多いのですが、ミニマリストがこだわりを持つというのはなかなか面白い現象だと思います。

まず、こだわるの意味についてです。面倒なので辞書から引用します。

1 ちょっとしたことを必要以上に気にする。気持ちがとらわれる。拘泥 (こうでい) する。「些細 (ささい) なミスに―・る」「形式に―・る」

2 物事に妥協せず、とことん追求する。「素材に―・った逸品」

3 つかえたりひっかかったりする。

「それ程―・らずに、するすると私の咽喉を滑り越したものだろうか」〈漱石・硝子戸の中〉

4 難癖をつける。けちをつける。

「郡司師高―・って埒 (らち) 明けず」〈浄・娥歌かるた〉

[補説]2は近年の用法。

引用:こだはる(こだわる)の意味 - goo国語辞書

見ての通りなのですが、本来は悪い意味です。わざわざ補足を付けてくれているのですが、一般的に使われている「追求する」という意味を持つようになったのは最近のことです。言葉が持つ意味の変容には、それなりの理由があるのですが、ここではまあいいや。

こだわるというのは、どうでもいいようなことについて無駄に考えたり手を加えたりすることです。無駄なことについて気をつかうのがこだわるということであり、無駄ではないことについて気をつかうのはこだわるとは言いません。

例えば、某ミニマリストは「モノを持たないことにこだわっています」と言っていたのですが、モノを持たないことが必要であるならば、それはこだわるとは言いません。だからこのミニマリストは「モノを持たないという無駄なことを私はしています」と言っているようなものです。これは物凄い矛盾を抱えていて、なかなか興味深いです。ていう、これだけを言いたかっただけです、ありがとうございます。

しかし、最近は「こだわりのお店」みたいに、何かにこだわっていることをPRしているお店が多いです。これは非常に悲しいことだと思います。何もないお店というのは当然売れません、何の特徴もないのであれば、他の店でいいじゃんとなります。そこで「○○に力を入れている」と言って個性(現代人は好きですね)を出すわけです。でも本当に良い物を作りたい人は、部分を強調するのではなく、全体を考えます。だから、特別なにかをPRすることはないんです。そして何かについて追求することはあっても、それは全体に必要な要素なのだから、こだわりではありません。つまり、こういうお店は表面的には何もないお店と同じになるんですね。ここですよ、だから「こだわり」を持っているバカみたいなお店が繁盛することになる。

話が前後しますが、ミニマリストの間では、ミニマリストはこだわりを持つべきか、ということについて賛否両論があり、論争しているようです。傍から見れば滑稽なのですが、ミニマリストがこだわりについて議論するのはある意味では必然なのだろうという気がしています。私が思うに、ミニマリストは、現実を認識できないことを原因とする病的なもののバリエーションの1つです。だからミニマリストが「こだわり」という現代的な意味を持った言葉についてこだわっているのも分かるように思うんです。

そろそろ「ミニマリスト」という言葉にこだわるのもやめた方がいいのではないでしょうか。