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キリスト教は動物をどう考えるのか

ちょっとタイトルがあまり相応しくないような気がしないでもないですけども、まあいいや。私は別にキリスト教徒というわけではないのですが、神学の範囲がどんどん広がっていて、動物も扱うようになってきています(色々批判もあるようですけど)。これがなかなか面白いんです。

従来の神学は範囲がかなり狭くて、キリスト教を信仰している白人男性だけを対象としていました。それ以外の人間は神学はできない、範囲外であるみたいなことが平気で言われていたわけです。で、そういう状況を改善しようと、解放の神学、黒人神学、フェニミズム神学といったものが出てきています。そんな流れの中で動物も神学で扱おうという動きがあるんですね。

キリスト教には隣人愛という概念があるんですが、従来では白人男性だったものが現代神学によってどんどん拡張されています。でも、拡張されたとはいえ、結局のところ「人間」という枠組みなんですね。それをさらに拡張して、動物や自然というのも隣人愛の対象にしましょうよ、そのための活動もしましょうよ、という風になってきています。

動物が対象になってきたのは、私もちょっとよく分からないんですが(テキトーなことを言ったら怒られそうですけども)、シュヴァイツァーの影響が大きいのかなと思います。シュバイツァーはノーベル平和賞受賞者で、神学者、医者、オルガニストして有名なあのシュヴァイツァーですけども、生命の畏敬という概念でも有名です。人間は当然として、他の生物も生きようとしており、またその生きようとする生命の犠牲によって、あらゆる生命は成り立っているわけです。ここから動物を大切にしましょう、という動きが出てきたんだと思います、確かそんな感じでした。

生命の畏敬というのは、極端な話、ハエのような害虫と呼ばれるような存在であっても人間との差はないと考えますので、キリスト教徒の中でもかなり批判があります。でも人間と動物を差のない同じ存在として考えるのはすごいことだなぁと私は思います。

こんな感じでキリスト教でも動物を大切に扱うという動きは確実にあるんですが、でも多くの人にとってキリスト教と動物の関係というと、人間が動物を支配するというイメージが強いと思います。特に日本では「多神教は自然を大切にするからすごいんだ」みたいな意見が非常に多いので、割と強くあるんじゃないかと想像します。

確かに西洋キリスト教にはそういう一面があって、よく言われるのは創世記ですね。創世記の1章にいきなり出てくるんですけども、「海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ。」とあります。これを根拠にやりたい放題やってた事実は否定できないだろうと思います。

しかしキリスト教にも多様性があり、必ずしもやりたい放題やるだけではなく、動物を大切にする考え方というのは従来からあって、有名なのは聖フランチェスコの鳥への説教があります。そのため一概にキリスト教は生態系を壊しているとは言えないんですね。

ただ現代神学みたいに、ここまで動物に対して意識を向けるのは、従来のキリスト教にはなかったことなので、なかなか興味深いと思います。またこの考え方はキリスト教以外でも通用すると思いますし、人間と動物の関係を考えるいいきっかけになるんじゃないかと思っています。