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特別な日にゲームをするのは悲しいことなのか

「正月からゲームw」

スマホアプリの「どうぶつタワーバトル」で遊んでいたのですが、とある対戦相手の名前が(正確な名前は忘れたんですけども)「正月からゲームw」みたいな感じの、要は正月にゲームをしていることを非難するようなニュアンスを持った名前の人がいました。私は非常に悲しいです。悲しくなってしまった理由を、言葉にするのは難しいのですが、書いてみようと思います。

自己愛と常識の葛藤

今私のレートは2000を超えているのですが、どうぶつタワーバトルでは、近いレートの人同士で対戦するようになっているようです。そのため、「正月からゲームw」さんもレートが2000を超えていて、かつ対戦回数(勝ち負けの合計)は私よりも多かったと記憶しています。つまり「正月からゲームw」さんは日常的にゲーム、少なくともどうぶつタワーバトルで遊んでいることが伺えます。おそらくゲームが好きなのでしょう。

そしてその名前から、正月という特別な日であるにも関わらずゲームをしているプレイヤーを「恥ずかしい奴」と言わんばかりに非難しているわけだけども、「正月からゲームw」さん自身もまさしくそのゲームをしているわけです。おそらく本人はそれを自覚した上でやっているのでしょう、さすがにそこまでバカな人間はいないと思いたいところです。

もう一つ重要なことは、「正月からゲームw」さんはゲームをすることが良くないことであると考えている点です。ゲームはしょうもないものだからこそ、正月という特別な日にゲームをしていることが非難として機能します。

この点において「正月からゲームw」さんの自己愛と常識との葛藤が伺えるように思います。ゲームは日常的にやっており好き。でも一般的にはゲームは生産性もなくくだらないものとして認識されている。さらに正月という特別な日で、みんなは友達や家族親戚などと初詣や色々な楽しみをしているにも関わらず、自分はゲームをやっている。これを正当化するためには、攻撃の矛先を自分に持っていくしかありません。道化を演じるわけです。

本当に悲しいのはゲームを認められない人たち

ゲームを認めない人は非常に多いです(私も以前はそうだったのでよくわかります)。そしてその理由としては、だいたいは生産性がないとかそんな感じのことでしょう。そんなに生産性が大事なのでしょうか?それだったら食事なんかやめてエサを食べればいいんです、ブロイラーでも食っていろ。

それに「正月からゲームw」さん、私が個人的に一番可哀そうだと思うのは、いや可哀そうというのは失礼かもしれないけども、気になるのは「正月」というのを理解していない点です。自分が何を信じているのかすら自覚していない。これは環境の責任だと思います。早い話が親ですよ。

話それたのでゲームに戻しますが、日本人が一般的に持っているゲームの概念はどことなくおかしいと思います。そもそもゲーム=コンピューターゲームですからね。将棋やスポーツもゲームなのですが、それらをゲームだとは考えられないわけです。ゲームを知らないというのは本当に悲しいことだと思いますね。