年齢と共に考え方も変わるもんなんですね―田舎から東京、東京から田舎―

私は田舎出身で、一時は嫌気が差して東京に行ったものですが、最近は田舎がイイ感じです。

緑の牢屋

私はものすごい田舎の出身です。基本的には山で、電車はないし、外に行くにはバスを使わなければならないのですが、1時間に1本あるかないか。やっと電車に乗れたと思ったら「鹿が線路を横断しているため~」「線路に木が倒れたため~」みたいなバカみたいな理由で遅延。外に出るのが大変でした。

人にしても(失礼かもしれませんが)、考え方というか視野が狭い。話していてつまらないと感じることが多いです。子どもの時は「田舎は人を堕落させるのか」みたいなことも思っていました。

小中高はずっと地元の狭いところにいて、大学ではかなりイイ感じだったんですけども、実家から通っていたため、家に帰らなければならず「なぜ家に帰らなければならないのか」とかも思ったりしました。

まあ、かなり親にはお世話になった(なってる)のですが、そういうのはなかなか分からんもんです。当時の私に意見するならば「そんなに家がイヤなら自分で働いて自分の力でなんとかしろ」と言ってやりたいです。

しかし当時の私としてはひねくれていて、田舎というのが牢屋のように感じられ、「緑の牢屋」なんて言ったりしていました。山の上には鉄塔が建っていて、夜になると赤のランプが点滅するのですが、それを東京タワーに見立てて「絶対この牢屋出たんねん」みたいなことを誓っていましたねぇ、懐かしい…(*´ω`*)

そして東京へ

大学までずっと地元にいたんですけども、卒業後は東京に行くことになりました(といっても本社は地元だったんですけどね)。自慢ではないのですが、新卒組の中では私は一番優秀だったようで(まあ10人程度の中でなんですが)「東京で自由にやってこい」ということで上京します。

ちなみに生活は日本橋でした。東京都中央区日本橋です。日本橋に住んでたんです、入社1年目から。文字通り東京のど真ん中です。まあ日本橋といっても浜町というところで、江東区に近いところなんですけどもね。

もっと言えば別に自分で稼いでそこに住んだわけではなく、会社からの多大な援助のおかげでそれが可能だったのですが。ただしかし子どもの時の「牢屋から出る」は達成されたわけです。

東京はなかなか楽しかったですよ。休日は歩いてコレド室町まで行って映画見て、三井記念美術館行って、ときどきチャリンコで銀座まで遊びに行って、夜は新宿に行って(都営新宿線で20分くらいかな?)、まあ色々やってました。

でもその内、確かに東京にはいろいろなものがあって便利だけど、逆説的ですが、それゆえに何もないことに気づきました。つまり、東京である必然性がないわけです。別に東京が悪いと思ったわけではありませんが、「これが東京なんだなぁー」みたいな、ちょっと冷めた感じになってしまいました。

再び田舎へ

それで1年半で会社をやめて(辞めた理由は東京関係ないんですけど)、また田舎に戻ってきました。今でも、たまに視野が狭いなぁと感じてしまう人はいますし(失礼だけど)、バスは少ないし、電車はしょっちゅう止まるし、道路でサルが走り回ったりもしてるけども、どことなく田舎の良さが分かってきたように思います。

別に都会よりも田舎の方が人が暖かいとかいうつもりはありませんが(そんな変わらないと思います)、でもなんかいいんですよね。感覚的なことなんで、あまりしっかりと言葉にできないのですが。

田舎の景観がいい、というのも確かにその通りなのですが、でも田舎って自然ではなくて人工的なんですよ。田んぼとか山とか川とか、全部人間の都合のいいように整えられたものであって。そういう意味では田舎に自然はないんですけども。

だから一般的に言われるような、人が優しい、自然が綺麗、みたいなことは思わないし、それは的外れだと個人的には思っているんですけども、でも田舎にはよく分からない良さがあるように感じられます。またこの良さは言葉にすべきではないとも思っています。田舎はモノであるよりもコトであって欲しいですね、誌的な。

この価値観の移り変わりは一体なんなんでしょう。タイトルには「年齢」と入れましたが、でも東京を経験したからなのかもしれませんし、でも確かに年齢もあるように思います。懐かしいだけ?いやでも懐かしさはないなぁ、たかが1年半だし。でも価値観が変わったのは事実です。

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