会社はやっぱり好きになれない

楽に生きるコツ

これからどうしていくか
仕事のやる気がなくなったら森信三の言葉を
書いてお金を稼ごうと思った理由と書くのが嫌いな理由
文章が書けなくて困った時のポイント

↑の記事はここ最近私が書いてきたものですが、読み返してみるとなかなか病んでいますね(笑)人生を気楽に送るコツの1つとして、やりたくないことをやらなくてもいいようにすること、というのがあります。

書きたくないのであれば書かなければいいじゃない、今はお金があればいいのだから。じゃあ楽に稼げるのは何だろう?という時に必然的に出てくるのが雇用されることです。

これを言い出すと色々な反論があるのは容易に想像することができます。残業は多いし給料は安いし。それは全くその通りです。私も1年半ですが雇用されていたことがあるので分かります。しかし雇用されている以上は確実に一定のお金が入ってきます。ミスをすれば上司に怒られるかもしれませんが、怒られるだけです。損害を出そうが給料は貰えるわけです。独立すればそうはいきません。ミスをすれば生活が成り立たなくなる可能性も十分にあります。

私のやりたいことは(やりたいわけではないけども)研究と執筆です。この分野の研究は本があればいいのであり、一人でも十分可能です。自分の部屋でできてしまいます。博士号が必要であるとしても今は学びの機会が増えていますから通信制の大学院もありますし、会社に勤めながら研究してまとめることも可能でしょう(大変だろうと思いますが)。だったら安全な会社にいながら、自分の理想を追求することもできるだろうと思ったわけです。

とはいうものの、やっぱり会社は何となく私には合わないなぁ、とすぐに思いました。

会社には死がない

会社って、今では終身雇用が崩壊していることが常識となっていますが、考え方としては終身雇用的な発想をしているところがまだまだ多いと思います。ベンチャー企業のような新しい風土の会社も数多くありますが、そういうところでも多少は終身雇用的な考え方が、少なからずあると感じます。根拠がないわけではないのですが、今はそれはいいでしょう。

だいたいは、学校で学んで、会社に雇ってもらって定年まで働いて、その後は国から年金をもらって、という流れになると思います。なんだろうな、自分でも滑稽なことを書いてるんじゃないかなぁと思いながら書いているんですが、この流れの中に死がないように感じるんですね。

学校で真面目に勉強したら会社に行けて、会社で真面目に働いて入れば老後に年金がもらえて、そして年金で豊かな老後を、みたいな感じだと思うんですが。私に言わせれば、老があるという信仰ですよね。老があると思うなよ、とまで言ったらちょっと挑発的ですけども、人間っていうのは100%死にますし、またいつ死ぬかは不確定であるわけです。

最近では年金がもらえるかどうか怪しいという風に言われますが(恐らくそうなるでしょうけども)、年金がもらえる年齢までは確実に生きているという前提があるわけでしょう。私にはそれがすごいなぁ、と思えるわけです。日本がそれだけ成長したということなのか、何も考えていないのか、その辺は分かりませんけども。

会社に雇われるのが普通であり、これが日本的な働き方なんだ、という考え方があると思うんですが、会社に雇用されるのが普通になったのはたかだか50年、60年前の話です。この5,60年しかない価値観を「日本の~」とか言うんだったら、そうとう薄っぺらい、薄っぺらいとはちょっと違いますけども、何か危ういものを感じてしまいます。

会社関係ないじゃん、いわゆるレールじゃん、と言われるかもしれませんが、そのレールというのは会社を中心に組み立てられていると思います。国がダメになったから会社に頼るようになったんですし。

過労死がニュースでよく報道されていますけども、これも「人間は死なない」とでも思っているから、あんなひどい働かせ方ができるんじゃないかなぁ、と感じています。会社の中で生きていると、上に行くのが偉い、という価値観があります、出世ですね。確かにそれはそうかもしれませんが、自分の選択で下が動くということを理解しているのか、その責任を感じているのか、と思います。名前忘れましたけども、日本軍の偉いさんが「自分の命令1つで部下が死ぬかもしれない、その指示を私が出す根拠はどこにあるのか」と問うた人がおられますが、軍と会社ではまた話は違うでしょうけども、そういう責任感はあって然るべきものだと思います。権力者の堕落、とでも言いましょうか。

あと「アットホームな~」みたいな謳い文句もよく聞きますが、これも「人生は楽しいものだ、そうあるべきだ」という安易な発想から生まれているように思います。会社ってそんなに楽しいところなんでしょうか。「人生=働く」なんでしょうね。

死ぬのが分かっているのにも関わらず生きなければならない、ということに気付いたのは中学の時だったんですが、今私は25歳なんですけども、中学の時に25まで生きるとは思ってませんでした。ここにギャップがあるんだろうな、と。

まとまりのない書き方になってしまいましたけど。

死から生を

私は、やっぱり死を考えなければ生についても考えることはできないと思っています。死を考えるのは暗いことだと言われていると思いますが、どんな人間でももれなく直面することになる問題ですし、考えることはすごく大切なことだと思います。

最後になりますが、必ずしも会社が悪いわけではないと思っています。会社というよりも態度の問題です。なのですべてのサラリーマンがダメだと言っているのではありません。

追記

私はあまり人付き合いというのが好きではないのですが、これは人付き合いがイヤなのではなくて、死を意識していない人が大半だから(もしくは意図的に出していない?)イヤに感じるんだろうと思い至りました。もっと言えば、構造的に死が組み込まれているのであれば、ある程度は私は居心地の良さを感じるのだろうと思います。文化が生を絶対的に肯定するのは、その構造に死があるからなのでしょう。