美術史「印象派」をわかりやすく

印象派の特徴

写実主義では、農民や労働者のありのままの様子を描きました。すると結果的に暗くなってしまいました。確かに日常を描くのはいいことだけど、もっと明るいところもあるでしょう、もっと光にも注目しましょうよ、ということで印象派が生まれます。

最初のきっかけとなったのはマネです。マネは印象派というよりもアカデミズム寄りなのですが、アカデミズムに対抗するために、娼婦を娼婦として描く、というタブーを犯します。このことで、見たことをどのように描くのか、というのが問題となりました。

このマネの行動で、それに賛同する画家たちが各地から集まり、後の印象派と呼ばれるグループを作ります。彼らは自然を観察し、光の変化を捉えようとしました。そこで生まれたのが筆触分割という技法です。これは印象派の最大の特徴で、使いたい色をそのまま使うのではなく、一度原色に分け、それを並べて配置することで、遠くから見るとその2色が合わさって1色に見える、というものです。

またこのような光の変化を捉えるために、画家たちはアトリエではなく、外に出て絵を描きました。従来は、絵はアトリエで描くものだったため、これは印象派の大きな特徴です。

印象派の特徴的な作品

マネ『オランピア』

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マネの代表作。大きなスキャンダルにもなりました。印象派以前にも裸婦像はいくらでもあったのですが、それは神話などの象徴として描かれたものでした。マネはそうではなく、娼婦を娼婦として描いています。このマネの行動に賛同した画家が各地から集まって印象派を築きました。

モネ『印象、日の出』

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こちらはモネの代表作で、「印象派」という名前ができるきっかけにもなりました。

マネに賛同した画家が集まるのですが、彼らはアカデミーから完全にのけ者にされていたため、展示会に作品を出すことができませんでした。だったら自分たちで作ればいいじゃない、ということで勝手に展示会を開きます。

第1回目の展示会においてモネは本作を出品するのですが、当初は「日の出」という短いタイトルだったため、タイトルが短すぎるとツッコミを受けます。そこでモネはその場で「印象」を付けたしました。それに対し批評家が「確かにこの絵からは印象しか感じない」と酷評。これがきっかけで画家のグループは印象派と呼ばれるようになりました。

モネ『ラ・グルヌイエール』

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こちらもモネです。本作は印象派の最大の特徴である筆触分割と呼ばれる技法が使われています。本作は印象派を代表するルノワールとキャンバスを並べて描かれたことでも知られています。

本作とは全く関係ありませんが、モネとマネは非常に名前が似ていて、現代の私たちからすれば非常にややこしく感じられます。しかしこれは当時からややこしいと言われていて、2人はしょっちゅう間違われました。綴りも「monet」と「manet」で1字しか違いません。

ルノワール『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』

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こちらはルノワールの代表作です。木漏れ日など、光と影の表現が巧みになされています。本作に限らず印象派では輪郭線がモヤモヤとした感じがあるのですが、これは光の変化を捉えようとしていたからです。

新印象主義

しばらくすると、印象派を発展させた新印象主義(新印象派)が登場します。印象派では一瞬の光の変化を捉えようとしましたが、新印象主義は表面的な光の変化ではなく、光の変化を生み出す何らかの普遍的で永遠的な法則を表現しようと試みます。

新印象主義でも印象派の筆触分割はそのまま使っているのですが、方向性はかなり異なっています。また、作品はかなり論理的な構成になっているのも特徴的です。

スーラ『グランド・ジャット島の日曜日の午後』

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新印象主義はスーラが有名です。

次の時代は後期印象派

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