nancolu

一般人の個人ブログです

書きたくないことを書くことについて2

書きたくないことを書くことについて - nancolu

落合陽一さんが食べ物についていっていた「複雑性」という考え方を、書きたくないことについて応用できるかもしれないと感じました。

落合陽一さんの言う複雑性

情熱大陸でハマグリについて複雑だと言っていたのですが、それが非常に印象的でした。ハマグリが複雑だというのは、言い換えれば、味に多様性があるということだろうと思います。

ハマグリは全体を食べますので、旨味を持っている部分もあれば苦味を持っている部分もあり、そういった多様な要素を持ったハマグリは複雑であるということです。もっと言えば、ハマグリには個体差もあるため、食べるハマグリによって味が変化します。反対に牛肉(だったかな?)は部分を食べるために、複雑ではないということです。

また彼は日常的にグミを食べているようです。このグミは、眠気防止などの意味合いがあるそうですけども、食べ物として考えるならば複雑ではありません。グミの味は工場で均一に作られているために同じ味がするからです。

複雑ではないものと複雑なものの関係が気になるところですが、これは複雑性を繊細に感じ取るためのものです。常に同じものに触れていると、変化が生じた時に、その変化が感じやすいということです。

書きたくないもの

私が書きたくないと考えているものは大衆向けのものです。こんなことを言うと怒られるかもしれませんが、大衆向けのそれはそれほど役に立つわけではありません。いや、役に立っているのかもしれませんけども、内容はかなり単調になります。

大衆について考えることはかなり複雑なことではあると思うのですが、傾向としては、大衆が求めるものは複雑ではありません。一方、学問的なものは複雑です。

つまり、学問の複雑さをより良く知るために、大衆向けのような複雑ではないものに常に触れておくことは無駄ではないのではないか、ということを考えました。

なんかかなり失礼なことを言っているような気がしないでもないのですが、大切なことは、1つのところに留まるのではなくて、複雑と複雑でないものの2つを常に行き来するような態度を意識することだということです。

ちょっと無理やりですかね、ダメ?でも複雑とそうでないものの関係は割としっくりとくる考え方だなぁと思いました。