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お金持ちや権力のある人が良い大学に行ける時代へ

AO入試の重視

AO入試というか、大学によって呼び方が違うんですかね?あまりそういうところは知らないのですが、とにかく、従来の学力を問う試験ではなく、人格とか一芸みたいなのを重視する入試のことです。これが私立大学だけでなく、有名な国立大学などでも導入が進んでいます。これによって、お金のある人や何らかの権力を持つ人が、良い大学に行きやすくなるだろうと思います。

そんなの今までもそうじゃないか、という声が聞こえてきそうです。おそらく、塾に行けるのはお金持ちだけ、勉強の重要性を知っているのは勉強のできる偉い人だけ、ということなのでしょう。もちろん、それはそうなのですが(否定はできないですね)、より一層ひどくなるというかな、そういうことになるだろうと私は想像します。

なぜひどくなるのか

学力テストの場合は、親が塾に大金を使うとかもありますけども、結局は学生が自ら勉強しなければなりません。たまに裏口入学みたいなことを言われることがありますが、まずそれはないです。だから親がいくらお金を使っても、学生に学力がなければ大学に入るのは無理です。

しかし、AO入試のような人格を見るようになると、親やその周辺(学生本人以外)が介入しやすくなります。

例えば、もし親が大学教授やその関係者だとしたら。どっかの研究室に高校生を配属させるのは別に難しいことではありません。それに、論文に高校生の名前を載せることもできるでしょう。あまりこういうことを言ったら怒られそうですけども、大して研究に貢献していなくても名前だけ載ることは、まあ、よくあることです。あるいは、場合によっては、高校生の名前を第一著者にすることだって不可能ではないだろうと思います(大変でしょうけどもね)。

そんな人間がAO入試に挑んできたら、まあ合格ですよね。第一著者なら間違いないでしょうし、そうでない場合でも高校でなら論文に名前が載るだけでもかなりのポイントです。

最近では、某大学の付属高校が、高校生の内から大学の研究室に学生を配属させるということをしていますが、こういうのが広く行われるようになるだろうと思います。

大学卒業後に更なる影響が?

あと、学力だけでなく、AO入試では人格のようなものが評価対象になるわけでしょう。今の学歴信仰と結びついたら、かなり厄介なことになりそうな気がします。

あの大学の学生さんは勉強は当然ながら人格も優れている、みたいになるわけでしょう。なら、今でいうところのFラン(失礼な言い方ですよね)の学生は勉強はできないし人格も、ということになりかねません。

今の就活では、面接などで人格や人柄を判断していますが、これからは、大学の名前という記号だけで人格や人柄といったことまでもが評価されてしまうかもしれません。

勉強するだけで偉くなれる今は恵まれている?

今の大学入試の在り方には色々な批判がありますが、何だかんだで、勉強さえできれば誰でも偉くなれるチャンスのある今は、それなりに良い時代なのかもしれません。いや、悪いところは確かにたくさんあるのですが、でもAO入試が中心になる今後と比較すれば、まだマシなのかもしれないなぁと思わないでもないです。

学歴信仰が崩壊すればいいんですけどね。でもそうなれば大学に人が行かなさそうだな…。