大学は教養機関、役に立たないのは当たり前!

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大学院を出ても就職先はない、大学で学ぶことは意味がない(特に文系)、と言われることは多いですが、そもそも大学というのは教養機関であり、役に立つものではありません。役に立たないのは当たり前のことなのです。

日本の大学はドイツ的教養を掲げている

大学というのは教養機関であり、教育機関ではありません。教育というのは、ある枠組みとその枠組みにおける正解を教えることです。それに対し教養は、非常に難しい言葉ですが、無理やり一言で言うならば研究であり、未知を解明していくことです。そのため教養が直接的にお金に結びつくことはありません。

また日本の大学は理念としてはドイツ的教養を掲げています。ドイツ的教養というのは一言で言うならば、良い人格形成を目的としています。そのため、日本の大学の建学の精神の多くは人格に関することが書かれています。つまり日本の大学はそもそもお金を生み出す人材を作ることを目的とはしていません。良い人格を作ったところでお金になるわけではありませんからね。

大学の矛盾

大学で学ぶことはそもそもお金にはなりません。しかし大学という場を運営してくためには前提としてお金が必要になります。そこで大学はパトロンを持たざるを得ません。またパトロンの多くはお金を多く持つ企業になってしまいます。

ここに大学の矛盾があります。良い人格形成のためには独立した大学である必要があるのですが、大学を運営する以上、企業に頼らざるを得ず、ドイツ的教養を実践することが難しくなります。

また時代の要請もあり、そこで日本の大学はドイツ的教養(良い人格、エリート)を掲げつつも、中身としてはアメリカ的教養(良い社会人)を行わざるを得ない状態になっています。

大学の生き残り戦略

役に立つことをしたいのであれば本来は大学に行くべきではありません。専門学校などの実践を意識した教育機関に行くべきでしょう。しかし多くの人はそうはせず、大学を目指します。それは大学(ドイツ的教養)というエリートの看板を得るためです。

つまり、ドイツ的教養という看板で学生を集め、アメリカ的教養を提供して時代の要請に答え、その利益を大学を構成する1割の人間に分配(奨学金など)、そして1割の人間が大学本来の研究成果を出し、大学の権威を守る、という流れになります。

何のために進学するのかを明確にすることが大切!

学部に関しては、学部で学ぶことは企業にとってはさほど関係なく(特に文系)、また若いのでいくらでも利益に結び付けることができます。

しかし院生に関しては厳しい状態です。研究は直接的には役に立ちません。あまりにも専門性の高い研究はすぐには利益に結びつかず、企業はなかなか手を出せません。また院生の増加でアカポスも少なくなっています。

大学教員がお金を得ているのは研究をするからではなく、大学の雑務をこなし、学生の教育を行うから、つまり大学の運営をしているからです。大学運営ができず、企業でも使えないなら、院卒の収入が不安定になるのは当然とも言えそうです。

大卒は企業にとっても利用法があるので就職のために漠然と大学に進学しても何とかなってしまう部分はあるのですが、大学院に関しては、大学院で学び研究したことを今後どのように活かしていくのか、という点まで考えておくことが非常に重要です。